The Nightingale and the Rose(2)

「赤い薔薇ばらは庭のいったい、どこにあるんだ!」と学生は泣き、そのきれいな瞳はなみだに溢れています。「おお、人のしあわせというものは、なんと小さなものの手にかかっていることだろう! 賢人とよばれる人の書いたものは全部読んだ。学問の秘密とされているものは全部手に入れた。しかし、一輪の赤い薔薇ばらのないことが、ぼくの人生をくるしめる!」

「ついに、見つかったわ。わたしの恋人が」とナイチンゲールがさえずりました。「夜ごと、私は愛する人のことを歌ったわ。まだ見ぬ人のことを。夜ごと、私は愛する人のことを星に物語したものよ。そうして、いま出会ったの。彼の髪は、ヒヤシンスの花の様に漆黒。彼のくちびるは、彼のもとめる薔薇ばらの様に赤い。しかしあの方はおくるしみ遊ばされて、顔の色は象牙のように青白く、かなしみから、眉は八の字になったまま動かない」

作、オスカー・ワイルド(1888年) 絵、チャールズ・ロビンソン(1910年)

he cried. 「叫んだ」とか「大声を出した」とか訳しているものがあるが、「泣いた」が自然だと思われる。『無憂の王子』においても同様に考えて訳すべき箇所があったはず(ツバメが葦子に別れを告げるところ)

Ah, on what little things does happiness depend! いかにもワイルドらしい「警句」かと思われる。細部にこそ、真実、美、命があるのである。The Devil lives in the details.

philosophy. せまく「哲学」と訳しているものがあるが、ひろく「学問」と訳すのが宜かろうと思われる

Here at last is a true lover. この物語において、ここが一番訳しにくい。話の全編とも関係して、実にむつかしいところ。愚鈍な日本語訳者がしてるように「本物の恋人」と逐語訳しても表面的にはごまかせるが、どうかな。よくよく考えると「本物の恋人」ってナニ? という疑問がすぐにおきるからである。突詰めると、ここのtrueは、「ああ、この学生さんは、ほんとうに恋をしているのね」というナイチンゲールの感激を意味していると思われる。しかし、意味はそれだけに限られていない。それはこの物語の展開を追っていくと、ナイチンゲールは学生に対して「愛の自己犠牲」を果たす以上、どうやらナイチンゲールはここで学生に電撃的な恋をした、としか考えられないのである。とすると、ここのtrueは「わたしの、私だけが愛する」という意味にしか取れないのである。ここのナイチンゲールの台詞をすなおに追っていく限り、ナイチンゲールは学生こそわが恋人と歌っている。それ以外に解釈はできない

the rose of his desire. 「欲望の薔薇」と訳している人たちがあるが、hisを見落としている。だいいち「欲望の薔薇」では、なぜそれが「赤い」のか、意味が通らない(よこしまな欲望なら「黒い」だろう)。「学生のもとめる」赤い薔薇と同じくらいに赤い、と考えて初めて意味は通る。じつに単純なことではないか

passion. 「情熱」と訳している人たちがあるが、脳が足りない。情熱だったら連想される色は「赤」だろうのに、学生の顔色がpale ivoryというのなら、たちどまって考え直すひまくらいあるだろう。学生はくるしんでいるのである。恋愛がいちがいに楽しいばかりならなにも苦労はないこと位、だれでも知っていることではないか? 「受難」の意味にとるべきである。その意味は『幸福の王子』にも出ていた筈である。しかしpassion-flowerをたんに「トケイソウ」と訳しただけで済ました連中なので(これでも東大には合格するのだ!)、ここで「よく」考え直すことはできないのである。口ではワイルドの作品におけるキリスト教の影響を語りつつ、そのじつ、何も理解しようとはしない研究者たちの不遜ふそんな態度がたいへんよくわかる箇所である

and sorrow has set her seal upon his brow. ここの日本語訳が珍妙でおかしい。「かなしみが額に封印(刻印)を押している」というのである。どんなハンコなの?と訊きたくなる。逐語訳者の本質。「かれらはじぶんの頭では何も考えられない」

人物描写におけるワイルドの特徴。たいてい、髪、目、唇のうち、3点から2点描写するのが例。これはワイルドが当時特に愛好したフランスの小説などでも同様のようであることは、芥川龍之介の訳した「バルタザアル」(A.フランス)や「クラリモンド」(ゴーチエ)を読んでも看取される

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