The Nightingale and the Rose(11)

ナイチンゲールのうたう愛の賛歌は、若者と娘、ふたりの胸の裡うちより生まれる初恋の歌からはじまりました。すると、薔薇の木のいちばん上の小枝に咲く、うっとりするような美しい薔薇から、ナイチンゲールの歌が一曲一曲終わるたび、花びらが一枚いちまい、咲いていくのです。花びらの色は最初青ざめて、川の水の上にうかぶ霧、或は朝の足元のごとく青ざめていましたが、夜明けのつばさが訪れると銀色に。銀の鏡に映る薔薇の影のごとく、みずたまりに映る薔薇の澄みきった影のごとく、薔薇の木のいちばん上の小枝に咲く薔薇は、うつくしく色を変えていきました

薔薇の木は、しかし、もっと乳房を棘に押しつけよと、おそろしい声で、ナイチンゲールに命令します。「もっと胸を棘にぎゅっと差し込むのだ。さもないと、赤い薔薇の完成を見ないうちに、日が昇りきってしまう」

ナイチンゲールは、言われた通り、乳房を棘に深くさし込むと、歌は絶叫にちかいものへとなっていきました。今や、ナイチンゲールの歌う愛の歌は、男と女、ふたつのたましいから生まれる愛のくるしみの歌なのです

このとき、薔薇の葉には、サッと淡いピンクの色が差しました。花嫁のくちびるに口づけをするときの花婿の頬に差す紅潮が

Press closer. 西村も富士川もそろって「ぴったり押し当てよ」と執念く「ぴったり」にこだわった訳出をしているがその理由が全くわからないのでわらえる。棘が心臓に刺さるように近づけろ、という以上の原意はないのだから、もっと死の恐怖を駆り立てるような訳語を考えるべきだろう

the birth of passion. ここでも、逐語訳の連中は「情熱」と訳しているが、この中年男どもはいい年をして愛のくるしみを経験したことがないらしい。ナイチンゲールの絶叫のくるしみに呼応しているのは知れ切っているのであるから「受難のくるしみ」以外に意味はありえない。ここでワイルドがベースにしている恋愛はおそらく「ロメオとジュリエット」なのであろうから(次回に出てくる「死によって完成を遂げる愛、霊廟においても生き続ける愛」がそのハッキリした証左)、ここに歌われる愛は悲劇に彩られていなければならず、ますます「歓喜の情熱」ではなく「胸をえぐるようなくるしみ」という意味でなければならない

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