The Happy Prince(23)

「新しい彫像を作るぞ」と知事。「もちろん、おれさまのだ」

「おれさまのだ」と議員もめいめい一斉に唱和しましたから、たまりません。たちまち喧嘩になりました。わたくしがついこないだ耳にした噂では、お偉方はいまだにおれだおれだと言い争っているそうです

「変だぞ、これは!」と鋳物工場の現場監督がこまっています。「溶鉱炉にいれても、このまっぷたつに割れた鉛の心臓は溶けやしない。もう捨てちまえ」。ごみために放り出された鉛のすぐそばには、あのツバメの死骸が横たわっていたのでした

神様のお声が聞こえてきます。「この都まちでふたつ、かけがえのないものを持って参れ」というみ使いの天使へのお告げでした。天使さまのひとりが鉛の心臓とツバメの死骸をお持ちします

「よくぞ選んだ、わが僕しもべよ」と神様が嘉よみされます。「天の楽園の庭にてはこのちいさきツバメはとこしなえに歌をさえずり、わが黄金の神の国にては無憂の王子もまた賛美の歌を」

…ついに完訳

感無量

なぜ訳したのか、そうする気になったのか、じぶんでもよくわからないうちに、訳業はなりました

念のため、申し添えますが、私はクリスチャンではありません。四条烏丸の街角などによく立っているのを見かける宗派の人たちなどは、私は大きらいで、唾をはきかけてやりたいくらいですが、それは措きます。ただ、キリスト教は、もともと非ヨーロッパの世界でうまれてきたものであり、古代のエジプト・オリエント世界の人類の苦悩と叡知の結晶として、一定の敬意と理解を東洋人も払ってよいものだと思っているだけです

ワイルドの童話における文体には、古風な、聖書の、息吹が一貫して吹いているので、それにふさわしい日本語をあてるべきです。それがあてられていない義憤が私をしてこれを書かしめたのだと思います

precious. この童話のこのくだりを読んでこそ、preciousの語感は身につくものだろうと、すなおに納得できる言葉の選択がなされていると思います。日本語でも英語でも、単語はひとつひとつ「いきもの」なのです。どの単語も同じ(愚かな人はよくこう言う)、ではありません

You have rightly chosen. これを「よくわかったな」と訳している訳者がありましたが、天罰ものでしょう。choiceはキリスト教では重要な単語のはずです。ここの said Godについてもすべての訳者が「神は言った」としか訳せない脳足らずばかりだが、その前にrightlyと「おごそかに」言っているわけなのでどうして「嘉よみし給う」くらいの日本語が用意できないのか、ほんとうに理解にくるしむ(解説ではあれほど、この作品にはキリスト教の影響が深い深いと強調しているのにもかかわらず:ざんねんながら、ほんとうは、なんにもわかっていないのでしょう)。逐語訳信者は、ことばの「ひびき」が感じ取れない不感症の人ばかりのようです

garden of Paradise. 天国、だけではねえ…。天の「楽園」の庭と訳さないとほんとうじゃないと私は思う。「楽園」をもとめる人類のあこがれは洋の東西を問わず、深甚なものがあるのです(図書館で探す気になれば、たくさんの参考図書が容易にみつかると思います)。果樹。花。その香り。野菜。泉水。鳥。魚。虫。家畜。ありとあらゆるいきもの。ありとあらゆる食物。そういうものを含めた豊穣の土地。どういう「庭」をつくるかについて人びとはこれまでどれほど夢想してきたか。そんな豊かな聯想がこの言葉にはあることを忘れて(知らなくて)訳されてもねえ…。ワイルドじしん、この言葉にどれだけ美と安楽の希望をこめていることか。それは『ドリアン・グレイの肖像』の冒頭を読むだけでも、簡単にわかる話なのである

my city of gold. これもすべての逐語訳者は「黄金の町」と訳しているが、どうしてひかりかがやく「神の国」と訳せないのか、ホンマにわからんわ

私も一から十までわかっているわけではないのですが、私の言い分はたぶんものすごく当っていると思っています。ワイルドの英語は私にはなぜか日本語を読んでいるのと同じくらいによくわかる気がするのです。ワイルドや英文学、キリスト教などに詳しい専門家のかたがこれを読んでくださって、御意見をいただけることがもしありましたら、本当に感謝します

 

 

 

 

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