The Happy Prince(13)

「正午にもなりますと、黄色ライオンがナイル川のへりまで水を飲みに下りてくるんです。ライオンの目は、エメラルドを聯想させる感じの緑いろですな。やつらのガオーと吼える声と来たら、瀑布にとどろく轟音ごうおんよりも、すさまじいんですぜ」

「ツバメよツバメ、ちいさき僕しもべ」。王子が制します

「とおく都まちを突っ切った果てのはずれに、ひとりの若い青年が、それは貧相な屋根裏部屋に住んでいるのだよ。書きものでいっぱいにした机に倚りかかっている。青年の横にあるタンブラーのグラスには、枯れ切ったスミレの花が一束。頭髪の色は茶色でちぢれ髪だ。唇はね、ざくろのように赤い。目はおおきくて、何かを夢見ている、そんな瞳だ。舞台監督のために戯曲をひとつ書き下ろそうと必死なんだが、寒さにこごえてもう何も書けない。暖炉の火も絶えて、空腹も過ぎたため、気を失ってしまったのだ」

「いま一夜ひとよ、王子、あなたさまにお仕えいたします」とツバメ。げに善良なるは、ツバメのこころ。「もうひとつ、ルビーをお持ちしますか?」

green beryl. 直訳すれば「緑柱石」だが、それではツマラナイ。一種のエメラルドをもって代替とする。これについては全ての日本語訳者が意を揃えたようにそうしているのがふしぎ

garret. 屋根裏部屋はふつうatticということで大体は足りる。garretになると貧相感が増す

tumbler. これをすべての日本語訳者が、バカなのだろうねえ、「コップ」と訳しているが、そう訳されると、ワイルドも立つ瀬がないだろう。violetも含め、このくだりでは、ワイルドの美意識を照らす色と物の選択がなされていることを忘れているのだろうか? ワイルドのぜいたく好きをかんがえれば、青年は貧乏なくせに分不相応にも、執筆のかたわら、なにかの幸運で手に入れた高級なグラスで美酒を飲んでいた時期もあったはずである、くらいは簡単に想像がつくだろう。tumblerにカッティングされたガラスのきらめきと枯れたスミレの対比。「栄光と悲惨」の対比は、この童話で終始一貫しているモチーフである(このあと、ツバメがそこにサファイアを入れることで、きらめきが恢復される)。多くの無神経きわまる日本語訳者どもときたら、ワイルドが与えようとしている美的ヴィジョンを叩き壊して平気らしい

pomegranate. ざくろは、ワイルドごのみのアイテム。エジプトを聯想させる異国のくだもの。甘美で濃密な空気、みだらな性愛の誘惑、退廃的で爛ただれたイメージが満載

最後の2行目は、すべての日本語訳者がreallyを「ほんとうは」goodを「優しい」とすり替えてそのまま平凡に訳している。しかし、私は断ずるのだが、goodが日本語の「優しさ」と合致することは絶対にない。goodはきわめて四角な「道徳的」概念で、神のご意志のごとく絶対的。相対的に揺れる優美繊細な感情などではない。このことは決して物分りはいいどころではない、がんこきわまる西洋の倫理学をすこしでも学べば当り前だと思うのだが。倒置して訳して、はじめて英文の意に沿うと思われる。翻訳も、押してダメなら、引いてみな

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