「遺憾いかんだが、もうルビーはないのだ」。王子はためいきをつきました。「残されたるはわが両眼のみ。これは稀少なサファイアなのだよ。一千年前にインドからはるばる運ばれてきたというのだ。わが眼まなこからくりぬいて、ひとつ青年にあげておくれ。宝石商に売れば、食料と暖炉にくべる薪たきぎが手に入るだろう。そしたら戯曲を書きあげられる」
「おお、王子さま。そんなこと、私にはできませぬ」とツバメは泣きだしました
「ツバメよツバメ、ちいさき僕しもべ」
優しく王子はツバメに語りかけます。「わが命めいを受けておくれ」
ツバメは王子に言われた通り、王子の目からサファイアをくりぬいて、青年のあばら家まで飛んでいきました。侵入はカンタン。だって屋根に穴があいているんだもの。ダーッと穴をめがけて一直線、やすやすと室内に。青年は両手で頭を抱えていたので、ツバメのはばたきは聞えませんでした。青年がフト顔を机から起こして目を上げると、スミレの枯草の上に世にも美しいサファイアが輝いているではありませんか
息子「前回のお父さんのtumbler説ですが、アレはどうなんですかね。力がはいり過ぎてませんか?」
わたし「まちがいってかよ?」
む「間違いとは言いませんが、tumblerはあそこぎり一回しか出てこない単語でしょ。おとうさんはガラスのきらめきがどうの、美酒がどうのとか言ってましたが、なんの修飾語句もない以上は、やっぱり粗末なコップ程度なのかもしれませんよ。もっともコップだったら、ワイルドがcupと書いたでしょうし、この場面でも、サファイアはタンブラーの中に入っているのが青年に見えているわけなので、ガラス製だとは思いますが、栄光と悲惨の対比の比喩は、サファイアと枯れたスミレに力点があるようですしね」
私「う~む。痛い所、ついてくるねえ」
む「それよりも、お父さんの do as I command you.の部分の訳がさすがだと思います。「言われた通りにしなさい」とか「たのむから、そうしてくれ」とか「ぼくの言いつけどおりにしてくださいな」とか他の日本語訳者の訳からは、ワイルドが下敷きにしている聖書のひびきが全く聞こえてきません」
私「けなすんだか褒めるんだか、いそがしいが、それでこそ、わが息子。音楽家だけにいい耳をしている。Swallow, swallow, little swallow. と、もうひとつ、この物語を聞いて忘れない王子の台詞が、この Do as I command you.だ。これを聞いて神の御声のひびきを聞かなくっちゃ、ウソだろう。どちらも何度もくりかえされるものだけに、入魂の日本語訳が要求されてしかるべきだ。それが」
む「それがこの体ていたらく。あと、dartは、英語の絵本ではよく出る単語。レオーニさんのSwimmyにも出てきましたね」
私「若いだけに、記憶力抜群だねえ」
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