The Happy Prince(10)

円形の白青黄の花が、passion flower(トケイソウ:主の受難の花)です

天を摩す大聖堂を飛び越えてゆくツバメ。その高い塔には、白い大理石に天使さまが彫られています。女王陛下の宮殿をよぎる時は、華やかなダンスの楽がくの音が地上からツバメの耳にも響いてきます

宮殿のバルコニーに恋人を伴って姿を現したのは、この上なく美しき例の侍女。「夜空の星のなんとすばらしいことだろう!」と供の若者がさけびました。「愛の力、もまたしかり」とにやけています。「私のドレス、つぎの宮廷舞踏会までに間に合うかしら」というのが侍女の返事。「イエス様の受難の花を刺繍してねとたのんであるのよ。だけど、お針子と来たら、ほんとに仕事がとろくって」

ツバメが川を飛び越えるときは、停泊中の船のマストに揺れるランタンのあかりが目にもまぶしく。ゲットーを飛び越えるときは、年寄のユダヤ人が、銅の秤でお金をかぞえながら、もっと負けろとやり合っている様子が見えました

そうして最後にたどり着いたのが、例のあばら家。のぞきこめば、幼子は、熱を出して、苦しそうに寝返りをうっております。母親は疲労の極きわみにしずかに寝入っている様子です

「愛の力(the power of love)」の皮肉というか、恋愛における男女の温度差がおもしろいですね。夜空の星や月の美しさを語り合う、というのは西洋世界では「ロマンチック」、男女の愛を深め合う際の定番、陳腐(cliche)の状況設定とされていることは、覚えておいてよい知識だと思います。

男の台詞は正にそれをストレートに表現しているのですが、侍女の関心は専らじぶんを美しく着飾るドレスだけに向けられていて(selfish)、男の言う「愛の力」はあやしいものだというのがワイルド一流の皮肉でしょう。lazyについては、とかく日本人は「怠け者」の訳語を当てたがる弊があります。しかし、ここではお針子の仕事が遅いslowということを難じていると取った方が、侍女の心配事(舞踏会までに完成するか)にぴったりマッチすると思うのですが

美と酷薄の対比、共存もまた美事。女王の侍女に、お針子の境涯へのおもいやり、人間的想像力など、みじんもありません。ますます「愛の力」という言葉への皮肉が、高く、高く響き渡ります

ワイルドの童話のひとつに「若き王」という作品があるのですが、この作品では、戴冠式に王が着る金糸で織られるローブを、貧苦にあえぐ織工が織っている現実を知って、若き王が苦しみに悶絶するエピソードが出てきます。『ドリアン・グレイの肖像』では第11章が、ワイルドじしんの美的趣味を開陳している箇所として有名なのですが、部屋を装飾する備品のうち、執着したものとして、刺繍(embroidering)や織布があり、心うばわれた図案のひとつに、キリスト磔刑の受難図があったとハッキリ述べられています。ワイルドの文学作品は、どれもこれも、すべてワイルドごのみの物で充満している以上、翻訳者はそれらをじゅうぶんに知って訳すのが当然かと思われるのに、多くの翻訳者がなぜその最低限の努力さえ払わないのか、気が知れません

 

 

 

 

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