The Happy Prince(15)

「ぼくは世に認められ始めている!」 青年は快哉かいさいをさけびました。「これは熱烈なファンからの贈り物だ。さあ、仕上げるぞ!」 その顔は仕合せそのものでした

あくる日、ツバメは、港に行きました。おおきな船のマストの上にちょこんと腰かけて、船乗りたちがロープで船底から大きな荷箱をもちあげている様子を見おろしました。「ホーラ、ヨッと!」 船乗りが掛け声をあげるたび、重たい荷箱がひとつ、ひとつと持ち上がっていきます

「埃及エジプトに往く!」 ツバメは皆に聞けとばかりに声を上げましたが、かなしや、誰ひとり、気にもかけてくれません。そのうち月がのぼってきたので、王子のもとに参ります

「おいとまを乞いに参上いたしました」とツバメ

「ツバメよツバメ、ちいさき僕しもべ」。王子はくりかえします。「いま一夜ひとよ、私のもとにとどまってはくれぬか」と

「王子さま。もう季節は、夏でも秋でもないんです」とツバメ。「凍えるような冬がすぐ隣に来ているんです」

聖書の響き。I am come to bid you a good-bye. ここに厳おごそかな感じを感じなければ、話にならんが、「さよならを言いに来ました」とか平気でぬかす訳者が多くあって、絶句させられる。なんぢ、聖書を読まぬか。イエス・キリストのカッコよい台詞に次のものがあって、私ですら知っている(マタイ伝10章34節。ジェームズ1世欽定訳)。Think not that I am come to send peace on earth. I came not to send peace, but a sword. (われ地に平和を投ぜんために来たれりと思ふな。平和にあらず、反って剣を投ぜん為に来たれり) この一文を知っているだけで、そんな訳が話にならんこと位、即解できると思うが、日本語訳者はいつまで経っても、これほども聖書を読もうとはしない。それでも文学者? 大学の先生? いいかげんにしろ

逐語訳のおろかしさ。最後から2行目。すべての訳が「もう冬です」と訳して平気である。ツバメの返答にある切迫感を感じることができぬのか? 感じておらぬはずはなかろうに、げにおそるべきは逐語訳教の洗脳なり

(参考)「朝あしたに戸を開けば飢ゑ凍えし雀の落ちて死にたるも哀れなり。室へやを温め、竈かまどに火を焚きつけても、壁の石を徹とおし、衣の綿を穿うがつ北欧羅巴ヨーロッパの寒さは、なかなかに堪へがたかり」(森鷗外『舞姫』)

 

 

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