The Happy Prince(1)

まちに高くそびえる石柱の、台座の上にすっくと立てる彫像こそは、無憂の王子なり

全身はくまなく純金のうすい箔はくにて覆われています。きらめく双眼には青いサファイア。帯剣の柄つかにはおおきな赤いルビーがはめ込まれ、これまたきらりと、光を放っているのであります

ひとびとの王子を崇あがめる様子はたいしたものでした

作、オスカー・ワイルド(1854-1900)、イラスト、チャールズ・ロビンソン(1870-1937)

「風見鶏のようにうつくしい」とコメントしたのは、ひとりの都市参事会員であります。おれ様は藝術がわかるのだぞという風評を得たいがために、そう口にしたものと見えます。「ただ、おしむらくは、そう役に立つものでもないところだナ」とよけいなひとことを加えました。役に立たない男だと都民から思われることを用心したのでしょう。じっさい、彼は実に役に立つ男でした

ワイルドの英語は、すばらしく美しいものです。読んでいて、その美文には、ホレボレします。しかし多くの日本語訳が寄ってたかって台無しにしているようです

冒頭のhigh above the city を「町の高台」と訳している人がありますが、たぶん違います。おそらく王子の彫像は、町の広場に屹立きつりつしているので、高台にある筈はずはありません。物語の冒頭、読者の視線を空高く向けるところに文章の趣意があるだけだと思います。そしてそういう勢いで文章は始まっています。この勢いを重視したいものだと思います。であればこそ、かっこよく、文末もむすぶべきだと思いますが、すべての訳がこのことを忘れて甚だ味気ない訳し方をして平気でいます

「幸福の王子」という訳じたい、たぶん誤訳です。すくなくとも適切な訳ではない。happyは英語において大変重要な単語ですが、キリスト教のない日本では甚だ浮いた言葉だからです。日本人はおそらく今なお、happyという言葉を正しくは受け取っていない。東洋的な語感としては、王子が生きていたときに暮らしたという「無憂宮(サン・スーシ)」から拝借した「無憂」という言葉がかえってhappyに近いと思われるのです

日本語の訳者はそろいもそろって、sapphireの訳に冷淡です。単に「サファイア」と訳して平気な顔でいます。しかし、これほど、訳者どもの愚劣な頭脳をしめすものはないでしょう。「サファイアって何色?」と訊かれて「青」と即答できる日本人がどれだけいるの? それを考えましょう。王子は金髪碧眼なのですよ。そのイメージを鮮烈に示すためにも「青」の日本語を補うことがどうしてできないか? おもいやりがまるでありません

王子は「善」として描かれています。…というのは日本語ではわかりません。しかし英語でよむ限り、もうこの時点でそうだという証拠があります。わかりますか? そう、gold, bright, glowの3語がその証拠です。すべて「輝く」ことに関する言葉です。聖書は、「ひかり」「星」の話から始まっていることを思い出しましょう。「輝く」ものは「善」なのです。聖書の文化を前提におくと、これはスンナリわかることだと思います。ワイルドはたいそう親切にもそのことをこの文章で私におしえてくれました。ワイルドは、私にとって、最良の英語教師です

これを承けると、王子がひとびとからadmireされているという一文も至極当然(indeed)と、すんなりわかる話になるのです。しかし多くの日本語訳者は、「尊敬」だの「賞賛」だの「うっとり」だの、宗教色を脱した言葉を選択しています。どうなのかね、コレ? 王子は宗教的にあがめられているからこそ、次の市会議員の「風見鶏」という喩たとえも、珍妙で皮肉な、ワイルド独特のおかしみが増すというのにねえ

末尾、which he really was not.は私がみた日本語訳者のうち、ひとりは明らかな誤訳(正反対の訳)、ひとりは自信がないので、知らん顔して訳出せず、ひとりは堂々と正しく訳しているという三者三様の結果。しかし、これはワイルドの芸術観念、すなわち、美は無用のものであって、有用なものはすべて醜いという芸術至上主義をサラリと述べているところで、ゆるがせにできない、たいそう重要な箇所だと思うのですがね…。The Devil is in the details.と英語のことわざにもありますよ

 

 

 

 

 

 

 

 

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