And I Think to Myself

白薔薇の名は、avalanche.

山崩れ、雪崩なだれ、そういう意味のフランス語だそうです。英語の童話集Frog and Toadにも出てきた単語だったので、憶えていました。これが私にも起きました

おもえば、私がブログを1年2ヶ月も中断した理由は、心理的な雪崩が起きていたからなのでしょう。こういうことは、すべて、あとになってからでなければわからないものです

人間には「防衛心理」というものが強力に働いており、これがじぶんの心中に起きていることを自己分析させることを妨げます。「潜在意識」とかゆうものの実態はそういうことだと私は臨床の経験から理解しています。フロイト理論は全く関知しない私ですが、フロイト博士の姿勢だけは深く尊敬しています

患者さんの心理を訊ねて、「わからない」と患者さんがいうとき、ほんとうは患者さんはよくわかっているのです。しかし「わかりたくない」から「わからない」というのです。ほとんど手品のようなものです

患者さんは「ひみつ」を自分の手に握っておきながら、握っているものが何か、医者に当てて見せろと言っているのです。じぶんが手を開けば、人の手を借りずともわかるというのに。それと明らかにわかるのでそうだと指摘してもすぐにはピンと来ない顔をします。それくらい、人というものは、その「ひみつ」を本当は知りたくないのです。直面したくはないのです。ショックを和らげるために、他人のもとを訪れるのでしょう

私の場合は、息子の成長がそうでした。むすこが成長するのは、うれしいのです。早くも背丈が私と同じになりました

しかし、同時にそれは、中学入試で一年間、父子二人三脚で一生懸命、算数を教えていた時のかわいい坊や、『星の王子さま』、『フレデリック』、『方丈記』、オスカー・ワイルド、『チップス先生、さようなら』等々、英語や古文を一緒に読んで教えて、憶えの実によい少年だった時の息子(「動詞の過去形から英語をまなんだ生徒は、中学校でも僕くらいじゃないのかなあ」)は、もう永遠にもどってこないという、深いかなしみの始まりでもあったのです

精神的な別離。わたしの胸には大きな穴がポッカリと空きました

むかし私の母は、私が東大に合格した後一年間泣き暮らしたそうですが、私には息子が高校生になる直前の段階で、早くも息子との精神的なわかれが生じてしまいました

むろん、これからも、いくらでも、父として息子に伝えてやれることは山ほどあるのはわかっています。親のなすべき役目もまだまだ潤沢な余地が残されていることも十分わかっています。それでも、重要なひとくぎりがついてしまったことは明らかで、そうわかりつつ、なにかあれば、泪が出てきてとまらない理由がじぶんでわからず、困っていました

或は、底知れぬ恐怖感。早朝になやまされることが増えてきて、単純な私は貯金をすれば解決するかと思ったのですが、お金の多寡はどうやら原因ではないようでした

よくよく時間をかけて考えてみると、ほんとうは考えて見なくてもよくわかっていたことなのですが、私は、法学で挫折したのち、34歳で神戸大学医学部に入り直し、40歳で医者になって以来、10年も公共のために尽くして働けば人生沢山という刹那的な人生観しか持合せてはおらなかったので、老いていく今後の人生について展望をまったくもちあわせておらないのです

かなしみと恐怖心が極限まで強まらないかぎり、その原因がなにか、じぶんでまったくわからなかったのですから、この「喪失感」に直面させないように働く「防衛心理」というものは、なるほど、かくまで強力なものなのかと最近ようやく思いいたりました。いま現実に直面させられて、これからどう生きていけばいいのか、とほうに暮れている、というのが私の正直なところです

これまで多くの人間がこうした場合「しごと」に救いを見出してきており、私もそれが最も安易で平穏な道だとは思っているのですが、ひとりの人間としての人生を考えた場合、人ひとりではもう限界があり、誰かの助けが必要なことは明白です

私は長く、孤独の友として、忘憂の伴として、飲酒と読書とをえらんで来ましたが、それも、もう限界だとも気づかされました

いま私の人生はおおきな節目で、人生でこれほど大きな激震に襲われたことはありません。従軍したり戦災を蒙ることもなく平穏無事に生きる幸運に恵まれているというのに、人間というものはつくづく弱いものだと思い知らされました

私にはこれから、生身の伴侶が絶対的に必要なのですが(理解ある前妻もぜひそうしろと言う)、しかし、それを得ることほど、難事はないので、進退これ谷きわまれりとは正にこのことですね

しかし、じぶんの問題がここまで明快に整理できるまでには、ようやくいたったということを今日はよろこびたいと思います

an avalanche.

 

 

コメント

    • 松尾
    • 2024年 3月 30日 5:12pm

    拝啓、有言実行の初コメ。
    人が苦しみから立ち直れるのは人と交流できた時ですよね。
    分かります。

    ……ただ、私にできるのはそこまで。相手の気持ちに寄り添って同意できるだけ。
    専門的に学んだわけではないし専門資格も持っていないから。

    先生がこれからの人生と折り合いをつけられるように応援しておきたいと思います。

    敬具

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京都市中京区蛸薬師 四条烏丸駅・烏丸御池駅近くにある心療内科・精神科クリニック「としかわ心の診療所」ウェブサイト。診療所のこと、心の病について、エッセイなど、思いのままに綴っております。
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