The Selfish Giant(3)

いちど、美しい花のつぼみが草むらからひょっこり顔を出したのですが、例の看板のおそろしい注意書が目に入りましたら、哀れ、こどもたちにきのどくと地中に逆戻り、ふたたび休眠してしまいます。ここで喜んだのは、雪と霜ばかり。「春はこの庭を忘れちまったぞ」とふたりはアッハッハと声をあげて笑いました。「しめしめ、一年じゅう、ここに居座るとしよう」

雪はその巨大な白マントで庭の芝を覆いつくし、霜はすべての木々を銀一色に染めてしまいました。ふたりは北風にも来いよと声をかけますと、毛皮のコートに身を包んでやってきた北風は、一日中庭で吼えまわり、煙突の上の被かぶせも吹きとばしてしまいました。「ここは実に楽しいところだから、霰あられも呼んでやらねばなるまい」。やってきた霰あられは毎日三時間、城の屋根に雹ひょう、霰あられの爆弾を投下したので、葺瓦ふきがわらは大方木っ端微塵になってしまいました。霰あられは全速力で庭じゅうを駆けまわります。灰色の服を着た霰あられの息は氷のようでした

chimney-pots. 『無憂の王子』でも出てきました。殆ほとんどの日本語訳者はしかし、これが何かわからず、また調べもせずに放置しています。こいつらの何と怠惰なこと! 訳者としてなんと無責任なこと! 金原瑞人・法政大学教授、作家・曾野綾子(「煙突の窪み」。しかしまだ、おかしいナと考えただけ益し)、西村孝次・ワイルド研究家、富士川義之・東大教授と私の目の通した日本語訳者は、すべて単に「煙突」とだけ訳して胡麻化ごまかしています。しかし煙突がchimneyなのだから、そんなワケないでしょ? それが証拠に、ワイルドは名詞を連結するハイフン記号を、この童話のなかでも正確・律儀に使っていますしね。柴田耕太郎氏のみ、「煙突の煙り出し」と正しく把握しています。しかしそう言われても、日本人にはピンと来ませんよね。そこで説明するのですが、雨の日は煙突から雨がはいってきますので、下の炉が濡れて具合が悪いですね。しかし煙突に蓋を完全にしてしまいますと、煙が外に逃げないのでこれも困ります。そこで、考えたのがこういうものです。わかりましたか? 今はインターネットがあるから調べるのがラクかもしれません。しかし、昔だって少しは手間がかかっても、これくらいのことは比較的すみやかに調べがついたと思います。このなかで一番罪の重たい訳者は富士川で、しつこいですが、彼は西村の訳を「ときおり参照させていただ」いたと言いながら、引き写したと同様の誤訳をくりかえしているからです。かれは東大教授の肩書をもち、その訳書は信頼性を期待される岩波文庫で出版されてもいるので、罪は三重四重に加重されてしかるべきです。とはいうものの、富士川は『無憂の王子』をのっけから誤訳しているような人なので、憤いきどおってみたって、しかたないかもしれませんけどね。附記)彼は父・富士川英郎の伝記『ある文人学者の肖像』(新書館、2014年)の著者で、むかし私はこれを味読した。「味読する」とは私の最高の賛辞である。それだけに、訳業の実際を知って、私はむげんに哀しいのである。

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