The Nightingale and the Rose(5)

けれども、ナイチンゲールは、若者のかなしみのわけを知っていましたから、柊樫ヒイラギカシの枝にとまって、黙もくしたまま、恋愛の奥深さについてかんがえをめぐらしています。やにわに、栗色のつばさを広げると、ナイチンゲールは飛翔し、天高く空に吸い込まれていきました

ナイチンゲールは木立を過ぎること影法師のごとく、又、影法師のごとく庭をよぎっていきました

くさむらの区画のまんなかに、うつくしい薔薇の木が一本あるのを見つけるや、まいおりて、その枝にそっと羽をやすめます

「赤い薔薇を私にちょうだい」。ナイチンゲールは高い声を出して鳴くのです。「おかえしに歌うわ、蕩とろけるように甘い愛の賛歌を」

薔薇の木は、つれなく、首を横にふりました。「私の木に咲くのは、白薔薇なのだ。白きこと波の泡のごとく、山上の冠雪よりも白き薔薇。わがきょうだいのところへ行くがいい。ふるき日時計のまわりに繁るわがきょうだいのところへ。ひょっとすると、そなたの望みのものをくれるかも知れぬ」

ナイチンゲールは言われた先へ訪ねてみました。「赤い薔薇を私にちょうだい」。高い声を出して鳴くのです。「おかえしに歌うわ、蕩とろけるように甘い愛の賛歌を」

the mystery of Love. 逐語訳は「神秘」と訳しておりますが、その訳語ではどうもねえ

her brown wings. 逐語訳は「茶色の翼」ですって。クスッ

like a shadow. 私の教養がたりないので、ハッキリしたことが言えないのがざんねんですが、シェイクスピアの戯曲の台詞が背景にあるのでしょうね。くわしい人からご教示あるとうれしいのですが。これは言わずもがなのことですが、like a shadowは、ナイチンゲールの死を暗示するフレーズです。なぜわかるかと言われてもこまります。朗読すれば、それはおのづと読者に伝わることですね

and she lit upon a spray. 「下りる」に、ツバメが王子の台座にとまるところで、alightという言葉が「無憂の王子」でも出てきましたが、lightという動詞には、古語として、鳥などが枝にとまる意味があるそうです。ワイルドの言葉の尚古趣味のほかに、「善き」ものは天使のごとく「かろく」、「光」あり、このナイチンゲールは「善」なる存在である、ということをキリスト教的に暗示する目的も、語の選択には、働いていること、まちがいないでしょう。このことは、物語のその後の展開においても優に証明されます。ナイチンゲールは愛の賛歌を一晩中うたい続けることで、真紅の薔薇をうみだす「奇蹟」を起こすわけですから。この「奇蹟」は神さまに近い存在でなければ、起こすことができないからです。証拠の一端に、芥川龍之介の「きりしとほろ上人伝」の結びを想い出すのも、わるくない文学的聯関でしょう。

その夜この方流沙河のほとりには、あの渡し守の山男がむくつけい姿を見せずなつた。唯後に残つたは、向うの岸の砂にさいた、したたかな柳の太杖で、これには枯れ枯れな幹のまはりに、不思議や麗しい紅の薔薇の花が、薫しく咲き誇つて居つたと申す。

一高時代に、「ワイルドとかゴーチエとかいふやうな絢爛とした小説が好きであつた」芥川のことであるから、上の一節は、存外ワイルドのこの物語の影響がじつはあるのかも知れませんが…

my sweetest song. 逐語訳者どもは「あたしのいちばんきれいな歌」とか「あたしの一番美しい歌」とか訳しているが、ナイチンゲールが愛の賛歌を歌う鳥ということを忘れている、こいつらの頭は本当にどうかしている。恋人に、sweetheart, honeyとよびかける位は常識だろうに。芥川龍之介は『葱』(大正8年)という小説の中で、ナイチンゲールの歌声がどういうものであるか、的確に叙述しているから、引いておこう。「夜鶯ナイチンゲールの優しい声も、…蜜を滴したたらすやうに聞え始めた」

 

関連記事

  1. The Nightingale and the Rose(13)

  2. The Nightingale and the Rose(9)

  3. The Happy Prince(12)

  4. The Happy Prince(4)

  5. The Nightingale and the Rose(10)

  6. The Happy Prince(18)

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

このサイトについて

京都市中京区蛸薬師 四条烏丸駅・烏丸御池駅近くにある心療内科・精神科クリニック「としかわ心の診療所」ウェブサイト。診療所のこと、心の病について、エッセイなど、思いのままに綴っております。
2024年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

カテゴリー