The Nightingale and the Rose(7)

「薔薇は一本あればいいのです」。ナイチンゲールは泣きました。「たった一本さえあれば。手に入るのぞみはなくって?」

「ひとつ、方法はある」。薔薇の木が口を開きます。「しかし、それは恐ろしい話だから、そなたに告げるには、勇気が要るのう」

「私におしえて」。ナイチンゲールは懇願します。「怖れませんから」

それでは告げようと薔薇の木が答えます。「そなたが赤い薔薇を望むなら、月夜に歌うことだ。さよう、お前の心臓をながれる血潮で、白い花びらを染め上げるのだ。わしに愛の歌を歌っておくれ。とげにそなたの乳房を突き刺してな。一晩中だぞ、わしに愛の歌を歌いつづけるのだ。とげがお前の心臓に届いてその壁を突き破ったとき、おまえの生命の血は私の血管にながれこみ、私の血潮と一体になる」

「赤い薔薇の代価が、死ぬことだなんて、法外なお値段ね」。ナイチンゲールは泣きました。「いのちより高いものなんてこの世にないわ。みどりの林にすわって過ごす心地よさ。黄金の戦車を駆るおひさまと真珠の戦車を駆るおつきさまを眺める至福。これらも、いのちあってこそ」

If you want a red rose, you must. 以下の薔薇の木の台詞は、どこか『ドラキュラ』めいた趣があり、血だまりのエロスが炸裂している。てっきり、ワイルドの同郷の先輩、ブラム・ストーカーの影響があるのかと疑いたくなるが、『ドラキュラ』の成立はこの童話の後なので(1897年)、因果関係は成立しない。ナイチンゲールは薔薇の棘thornと縁のある鳥だそうで、富士川義之・東大教授の教示によると「この童話は、ナイチンゲールが天敵である蛇に襲われるのを怖れて夜もすがら薔薇の棘を自分の胸に押し当てたまま眠らずに歌いつづけるという中世の伝説に基づ」いているのだそうだ(『幸福の王子』岩波文庫、274頁)。しかし、ここで、あっさり「ふうん」と頷いてはいけない。この平板な記述からニヤリとして「エロス」を嗅ぎつけることのできない人は、文学の徒失格である。「蛇」はむろん処女(ナイチンゲール)に夜這いをかけるふらちな男の象徴であり、「棘」の象徴するものは「男」そのものでさえある。「歌」は当然「愛の歌」であり、一晩中愛し合う「男女の感極まった歓びの声」である。それはフロイト流の解釈に流れ過ぎですよ、という声もあるかもしれないが、ここでフロイトは関係はない。現にエマ・カークビーも歌っている17世紀のイギリスの歌謡に、このことを歌っている艶歌がある。

The dark is my delight, so is the nightingale’s. (夜は私によろこびをくれる。ナイチンゲールと同じことよ)

My music is in the night, so is the nightingale’s.(夜もすがら、甘い声を出し続けるの。ナイチンゲールと同じことよ)

My body is but little, so is the nightingale’s.(私のからだはちいさくてかわいい。ナイチンゲールと同じことよ)

I love to sleep against the prickle, so doth the nightingale’s.(硬いモノを押しあててもらって寝るのが大好きなの。ナイチンゲールと同じことよ)

 

 

 

 

 

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