原題のInch By Inchが「ひとあしひとあし」と訳されているのは、秀逸ですね。物語の結末をうけると「ぬきあしさしあし」としても、よさそうですが…。
ある日、腹をすかせた駒鳥(robin)の眼にインチワームの姿が。インチワームはエメラルドのみどりをした毛虫。小枝(twig)に腰かけていたのを駒鳥がパクリとしようとする寸前。
…絵本でいいのは、動物や自然の単語が出てくること。これが日本の英語教育では完全にすっ飛ばされています。This is a pen.とか、Is this your bicycle? とかやっていたのでは到底だめですな。そんな単語より、ここで出ている、robin, twigなどの単語を知る方が余程知識に幅が出てきます。「誰が殺した、cockrobin」(マザーグース、パタリロ!)とか「Twiggy」(ロンドン発、ヴィダル・サッスーンのボブカットとマリー・クヮントのミニスカートで世界中に大旋風を巻起こした1960年代ファッションモデル)とかね。
「食べないで。ぼくはインチワーム。ぼくは役に立つよ(I am useful)。長さを測るんだ」「へえ、そうなのかい」と駒鳥。「それじゃ、おれの尾っぽを測ってみな」
…こどもの絵本を読んでいると、前にも言いましたが、「ちから強い」単語がなにか、そのひびきでわかります。hungryとか、usefulとかですね。「長所」をもつことがこの世の中をいきぬく術となることが、この絵の前半の教えになっていると思いますので、このusefulという言葉の響きは一度聞くと忘れられなくなります。
「おやすい御用です」とインチワームは請け合いました。「1,2,3,4,5インチです」
「どうだい、おれさまの尾っぽは5インチと来たもんだ」。駒鳥はインチワームを乗せて他の鳥の長さも測らせようといざ出発。
この絵本の中で一番印象的な絵がこれ。「インチワームはフラミンゴの首の長さを測ります」
「オニオオハシ(toucan)の嘴」「サギ(heron)の足の長さ」「キジ(pheasant)の尾っぽ」「ハチドリ(hummingbird)の全長も」
…次から後半。
ある日の朝、ナイチンゲール(nightingale)がインチワームに会いにきて言いました。「やい、おれの歌を測れ」「でもどうやって? ぼくは物の長さをはかります。歌は測れません」とインチワーム。「俺の歌を測らねえと、朝飯にお前を食っちまうぞ」。そのときインチワームに智慧がわきました。「やってみます。さあ、歌ってください」
…ナイチンゲールと聞いても、日本人は看護婦の始祖の名前を思い出すのが精いっぱい。しかしnightingaleといえば、「恋人の過ごす夜と朝」には欠かせないロマンティックな鳥。Anita O’Dayの歌で聴いてみてください。
ナイチンゲールは歌い出しましたが、インチワームはぬきあしさしあし、そろりそろり、逃げ出しました。
ひとあし、ひとあし、そろり、そろり、そうして、とうとう、すがたを消してしまいました。おしまい。
…絵本の後半のテーマは、「解答不能の問題にどう答えるか」。現実の世の中では、有能なだけではだめで、とんちできりぬけないと助からない不条理にいくらでも直面します。
この絵本の物語の背景には、道理の通らぬ狂気のファシスト国家から、命の危険を感じてアメリカに逃げだした、作者じしんの人生が反映されているのだろうと思います。
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