S 先生の思ひ出

わたくしに、師と呼べる程の人は、ゐない。

あればどれほど良かつたかと想像することもあるが、もし有るやうなら、わたくしは、まるで違つた人間であつたらう。要するに、わたくしは、うるはしき師弟関係など結べる人間では、そもないといふことだ。

一匹狼である以上、「師」らしきものは、偸ぬすむものであつた。その時どきで印象ぶかい人の言葉や表情を記憶にとゞめて忘れない。このまへ、あるひとが、あなたはどうしてそんなに記憶力がいゝのかふしぎだと言つた。滋養にすべきものを摂取するに努めただけだとしか、わたくしには言へないが、その人が言ふやうに、一般人の記憶力がわたくしよりも低いといふのなら、他の人は、まなぶ意識において欠けてゐるのだらう。

病院づとめをしてゐたころ、S先生といふ人が、患者の長たらしい言葉を遮りもせず、えんえんと聞いてゐる姿が印象的であつた。その時は、将来老いてわたくしもそのやうになるとはゆめだにも思はなかつたが、期するところあつたのであらう、それは夕闇がせまる診察室と共に、わたくしの記憶に若干のふしぎな哀しみと共に記憶されたのである。

かなしみの感情は、近ごろ日に日に増してゐる。それはS先生の当時の心情に、益益わたくしが接近してゐるからに他ならない。S先生に直接聞いたわけではないから、むろん、ほんたうのところはわからない。おそらく誰にも。しかし、長い背もたれの椅子に座って、老人らしい、やゝ猫背になつてゐる痩せた先生は、長年ボクサーからパンチを受け続けて、くたびれてしまつたサンドバッグの皮革のやうであつた。さう、わたくしは直観したのである。精神科医はいつかかうなつてしまふのだと。ボクサーはむろん患者の喩たとへである。

むろんその理解は、当時は、頭の上での理解であつた。しかし、今は当時のわたくしの直観は、まさにほんたうであつたと実感してゐる。

おほくの人間がわたくしにかう言つた。「センセイ、おつかれでせう」。しかしわたくしはおろかにも「そんなことないですよ」とつねに言ひ返してきた。実際、屁でもなんでもないと思つてゐたから。しかし視野には短期と長期とがあり、短期にはさうでも、長期的視野に立てば、これほど、疲れる商売はないと思ふのである。

而して、国からの報ひは尠すくない。医療経済は共産主義経済で、財源を差配する「共産党」に相当するのが、大蔵省(くたばれ!)だからである。国全体の医療費がバカ高いとかいふが、その諸悪の根源は、とつくに死んでいゝ年寄がチューブで人工的に生かされてゐるからである。チューブを抜けば、欧米並みの平均寿命になるし、医療費も半分以下になるのだ。これは歴代の日本医師会長が「こゝだけの話だが」と、毎年年頭に言つてゐることである。「それをこれからの若い世代に向けることができれば」と続ける。小児科医はみんなさう思つてゐる。医学的に大事にすべきは(国運にとつても)、子供とわかものであつて、としよりでは断じてない。としよりは死すべき存在なのだから(死ねといつてゐるのではない。死ぬ道を歩んでゐるといふ意味である)。腰砕けの日本医師会(一体なんのための政治団体なのか、わからない)は何も言わないし、弱者(? ほんたうは強者なのだが)保護の「福祉利権」で飯を食つてゐる大蔵省(この蛆虫どもが!)のなすがまゝにされてゐる。こいつらは駆除すべき国の害虫である。これについては別論で書く。

S先生は、わたくしが病院を去つた一年後、肺癌で亡くなつた。わたくしがゐたころから既に病魔に侵されてゐたのであらう。まだ七十代であつたから惜しまれるとも言へるが、来年還暦をむかへるわたくしは残る30年(わたくしはぞんがい90歳まで生きてしまうことを恐れてゐる)をどう生きようかと心中くるしんでゐるので、うらやましいと思ふのである。

日本人は、定年60歳を過ぎても働きたい。社会貢献したい。ボランティアしたいとか言ふ。本気か? とおもふ。わたくしは誰にも恥ずかしくない社会貢献を十分に果たした以上、もう金輪際、働きたくなんかないし、働いて45%もの税金を大蔵省なぞにをさめたくもない。できるだけ早く死にたいし、死ねない間は、イソップの蟻とキリギリスでいふキリギリスの生活をして暮らしてゐたいものだ。

わたくしは、老人になればみんな「ワル」になつてほしいと思ふ。「アナーキスト」になつてほしいと思ふ。民主主義などは否定して「世の中のキレイゴト」を断じて許さないガンコジジイ、ガンコババアばかりになつてほしいと思ふ。人に頭を下げてばかりゐるのはサラリーマンのときだけで十分。スマホを使ひこなして得意顔をしてゐる年寄をみると、ゾッとするね。「あ、ポイント、使ひます」。この人、乞食かなと、わたくしなんぞは思つてしまふ。アプリをダウンロードしてポイント貯めるつて、どれだけいぢましい所作なのか、おほくの日本人は忘れてしまつたらしい。

隗から始めよ。さうだね。年寄は、貯金をぜんぶ使ひ果して、生活保護権を主張するのが、一番「カッコイイ」姿勢なのかも知れない。カネを死蔵してなんになる? みんなにめいわくかけない、ではなく、社会にめいわくかけたおしたる、が正解かも? 60歳からはかういふ「遊び」こそ、「たのしい」のかもよ。社会は「前進」も「改善」もしないから。六十年ちかく生きて来て、日本社会はじやつかん「後退」してきてゐるやうにわたくしには見えてゐる。幼稚化がとめどなく進行してゐる。

久しく待ちにし(讃美歌94)

まきびと羊を(讃美歌103)

われらはきたりぬ(讃美歌2編52)

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