レオ・レオーニ(5)

前回は『フレドリック』を読みました。レオ・レオーニ氏は、ねずみ好きだったようで、ねずみを主人公とする絵本が比較的多いようです。今回もねずみたちが主人公です。

父「きょう読む本は、マシューのゆめ」

むすこ「どんな夢なのかな」

父「お前くらいの男の子のゆめさ。君たちはどう生きるか」

む「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」

父「アハハ」

父「ねずみの夫婦にひとりむすこがあって、埃ほこりだらけの屋根裏に住んでいました。atticってなんだと思うけど、絵本はべんりなものだね。見ればなんとなく、これは屋根裏なんだとわかる。only childって、おまえと同じね。ひとりむすこ。なまえはマシューだってサ。drapeってのは、なんでも「ひだ」のことだろう。高級なドレスやカーテンみたいな。drapedとなっているから…」

む「過去分詞ですね」

父「ご名答。cobwebってのもよくわからないが、webはクモの巣だから、なんでもその類だろう」

む「イヤ、cobwebで蜘蛛の巣ということらしいですよ」

父「ふむ。a spider’s web. ゴールドフィンガーか。たしかに、絵本にそうと実際描いてあるわなあ」

む「いかにも。アハハ!」

父「屋根裏の片隅にくもの巣がだらんとかかって、新聞やら本やら雑誌やら、こわれた古ランプ、あわれ人形の残骸がそこにはありました。そこがマシューのすみかだと。お父さんとお母さんは右頁の領域に住んでいるらしいね」

む「これは倒置法ですか」

父「そうだ。主語が長いので、存在のbe動詞、wereが先に出てきて、長い主語はあとにずらずら並べている。英文のしくみを分析するとそういうことになるが、絵本をみれば視覚的にそういう順序で読者に情報が頭がはいるように自然なっているよねえ」

む「うん」

父「まあ、それだけのことなんだよ。それよりここではsadという単語のひびきが強いねえ」

む「そっちのほうがよっぽど重要なんですね、お父さんによると」

父「私にはいかにもそう感じられる」

む「フォースのちからですか?」

父「アハハ」

父「ねずみの夫婦は貧しかったが、むすこのマシューには高い理想をかけていた。マシューのやつは、医者になってくれるだろう。たぶん。そしたら、朝にも、昼にも、夕食にも、パルメザンチーズが食べられるというものだ。ぼうやは将来何になるんだいと夫婦がきくと、「わからないや。ぼく、世の中を見てみたい」と来たもんだ」

む「パルメザンチーズ!」

父「西洋世界でも、ねずみの世界でも、医者は食いっぱぐれないみたいなんだねえ。レオーニさんはユダヤ人の家系だから、商売ででかく稼ぐのでなければ、医者か弁護士になれとユダヤ人の親は息子に迫ったものらしいよ」

む「おっと、ぼくには迫らないでくださいね、お父さん」

父「何にでもすきな職に就けばいい。おとうさんが医者になったのも人生なりゆきさ。まあ、おまえはお父さんよりもちょっぴりは賢そうだから、その頭のよさを生かすことだけ考えたら、勝手に道は開けることだろう」

む「この文では、perhapsというのが、おもしろい響きがあると思います。たぶん!」

父「おそらく!」

ある日、マシューはクラスメイトと美術館に学校の行事で出かけました。美術館初体験です。みんな絵にびっくり。ねずみ王4世の大きな肖像画。王は軍人の服装をしています。隣にはチーズの絵。よだれが出そうです。羽のついた天使ねずみとツノと毛むくじゃらの尻尾がついた悪魔ねずみが空にうかんでいる絵もあります。山の絵、急流の絵、風になびく小枝の絵。世界はすべてここにあると、マシューは思いました。

父「droolってねえ」

む「どういう意味?」

父「これも英語の絵本だとけっこう出てくるんだが、日本の英語学習のテキストではトンとみない語だねえ。よだれが出るっていう動詞。名詞でもある」

うつくしさに夢見心地で、マシューは、部屋から部屋へ、絵を見て歩きました。最初みたときはピンと来ない絵もありました。最初の見た目はお菓子のパイ皮みたいなのですが、よく見ると、ねずみが浮かび上がってくる絵です。

父「entrancedってあるね」

む「うん」

父「入口だとentrance。アクセントは最初。しかし、ここではdがついているから…」

む「過去分詞のはず」

父「そう。それで過去分詞は形容詞でもある。意味が正確にわからなくても、英文は読めるが、絵本の内容からすると、このentrancedはenchantedに似た意味かな。魅惑の絵画に魅了されて。entrancedのアクセントは最初ではなく、真ん中に移動」

む「ふうん」

父「絵本では右端の絵がおもしろいとマシューは言うのだけれど、お前はこんな絵、どうだい」

む「ん~。あんまり」

父「たしか、この手の絵は、キュビスムとか言うはず。だけど、ピカソの『マンドリンをもつ少女』なんて絵が診療所にあったら、いいなと思わないかい?」

角を曲がると、知らない子ねずみとはちあわせ。女の子はにこりとして「私、ニコレッタ」。「ここにある絵画ってすごく良くなくって?」

む「ニコレッタは、マシューと気が合いそうですね」

父「ニコレッタのほうから笑った、というのがいいね。日本では、いつのころからか、ニコリともしない無表情な女の子が多くなってしまって…。しかし、それは日本がいかにつまらない社会にますますなって来ているか、ということの反映でもあろうから、それを想うと日々嘆かわしい」

美術館に行ったその日のよる、マシューはへんな夢をみました。ゆめのなかで、マシューとニコレッタは、ふたり手をつないで、巨大で現実ばなれした絵の中を、歩いているのです。ふたりの歩みにあわせて、たのしい色のつぎはぎが足元に動いてきます。ふたりのまわりには太陽と月がゆるやかに遠くからきこえてくる音楽にあわせて動きます。マシューにとってこんなにも楽しい経験は初めてです。ニコレッタを抱きしめました。「ここにいつまでもずっといようよ」とささやきました。

む「あ、embrace」

父「Embraceable youという曲を一緒に聴いたねえ」

む「Embrace me, my sweet embraceable you.」

父「よく覚えてるねえ。英語だとholdでいいはずなんだが、ロマンチック度をアップさせるには、フランス語のひびきのほうがさらにいいわけなんだな。braceが腕。emがついて腕を回す」

マシューはハッとして目覚めました。ニコレッタは夢と共に消えて、マシューはひとりぼっち。屋根裏のじぶんの片隅ときたら、灰色でさむざむとしています。このなにもないわびしさがマシューにひしと姿を現したのです。マシューの目には涙があふれてきました。しかし、そのとき、まるで魔法にかかったようにマシューの目に映るものは、変化を見せました。がらくたの物のかたちが互いにつながりあい、その枯れてくすんだ色が、明るさを取戻したのです。くしゃくしゃの新聞紙ですら、しわがとれてなめらかです。遠くから、ききおぼえのある音楽が聞こえてきたようにマシューは思いました。マシューは両親の寝床がある片隅に走りました。「わかったよ! とうとうわかったよ! 僕はね、画家になりたいんだ!」

父「ここの英文は、日本語に移すのが難儀だが、たぶん、上に訳したような感じでいいだろう」

む「うん」

父「わかる?」

む「まあ。雰囲気はつたわりました」

父「ま、いいか。おおらかに行こう」

む「それでおねしゃす!」

マシューは絵描きになりました。描きに描きまくり、よろこびに満たされた形と色とでおおきなカンバスを埋め尽くしました。

む「まるで岡本太郎ですね。藝術はバクハツだ!」

父「よく知ってるね。ま、そんなところだろう」

それから、マシューはニコレッタと結婚。そうこうしているうち、マシューは有名に。世界中のねずみがマシューの絵を見に、或は買いに来るようになりました。彼の最大級の絵はいまや美術館所蔵となっています。「タイトルは?」と尋ねられると、「タイトルねえ、はて」とマシューは考えてみたこともなかったよという風に笑って、こう答えることにしています。「私の夢、かな」

父「さてと、きょうの英語の勉強は、これでおしまい」

む「ずいぶん、さらっと終りましたね。なんか、ヘンだな。もしかして、今日はこれから、なんかある?」

父「そう。じつは、きょうは、美術の体験授業を用意しているのだ。ふふふ。もう、じきにタマコ先生がお見えになる」

む「タマゴ先生?(笑)」

父「橋本珠子っていう本日の特別講師の先生。あ、来た」

…この美術の特別授業の話はまたこんど。乞うご期待。

 

 

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