クレームブリュレ

京都の四条烏丸界隈で8年以上も商売をしてゐると(昔、この界隈は、医学や学術の中心で、有名どころでは、山崎闇斎や木下順庵の塾があつた。わたしは200年の昔を慕つてこの地に開業したのだが)、いやがおうでも、店舗の栄枯盛衰をみてきた。つぶれる店は「京都」をかさにきて、妙にカッコをつけて客をおどし、客からカネをぼったくる店である。つぶれて正解、天罰覿面である。

長く保つてゐる店は適正な価格で商品サーヴィスを提供してゐる店である。そんな店のひとつに、わが診療所裏のSECOND HOUSEがあつて、この8年、いろんな店のケーキを食べてきたが、結局、ここが一番だと思ふ。むしろ味にくらべて値だんが、安すぎやしないかと心配になる。大衆は、相も変はらず新店に殺到してみづから進んで長蛇の列に加はりたがるが、宣伝に踊らされてゐるだけではないのか、といふ自己批判精神は持ち合はせてゐないらしく、オツムはだいじょうぶかとしんぱいになる。

私はふだん長らく珈琲は飲んでこなかつたが、最近どういふものか風向きが変はつたので、お伴のデザートに、SECOND HOUSEのクレームブリュ付合はせてゐる。たいそう美味である。SECOND HOUSEはもともと出町柳、北村美術館ちかくにあつて、何十年以上とながく商売をつゞけてきた店だから、かういふところも私の好みである。

クレームブリュレといへば思ひ出す映画があつて、それが『アメリ』である。むしろ日本では『アメリ』のヒットなくして、クレームブリュレはここまで普及しなかつたであらうと思はれる程である。『アメリ』はあきらかに日本の「マンガ」の影響が全編にみてとれる映画だが、世界中でヒットしたのはなぜだらう。若い男女の恋愛と孤独。軽妙かつふくざつなおもしろさ。独特の映像美。…孤独と幸福の追求は、テーマの中心で、底にあるのがハリウッド映画などではけつしてお目にかかれない「かなしみ」であつたからだと思ふ。

アメリは八百屋の店頭にある豆袋に、人知れず手を入れる「快感」など、いろいろなものに、「じぶんの好きなもの」を見出してゐる(反対に、じぶんの「きらひなもの」も。敏感な娘なのである)。その「じぶんの好きなもの」の中に、平べつたい石を水に投げて、石をピョンピョン飛ばす、「水切り」の遊びがあつたから、私は銀の匙クリストフルで「クレームブリュレを割る音」と共に、この映画を永遠に忘れなくなつた。

といふのも、小学校1年生ごろまで、私はひとり自転車に乗り、大和川まで出かけて、その遊びを日がな一日くりかへしてゐたからである。川の付近には大人やこども、誰一人ゐなかつた。現代なら、こんな子供がこんなところにひとりで遊んで、キケンです! とよけいな心配を言ひ出す共産党PTA女のやうなのが出てきて、私の楽しみを抹殺したであらうが、当時ゐなかつたつたのはじつに幸ひであつた。わたしは、気のすむまで、水面を滑らすに適当な石を探しては、石を飛ばし、それで遊んで夕方になれば、ひとり自転車に乗つて家にかへる。

孤独な少年の原型はこゝに出来上がつたのである。

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