手巾

小医は音楽教育を受けたことがないといふのに、息子はちいさいころからピアノとヴァイオリンを習つてをり、根気強く、しつこい性格は遺伝したのか、中学に入学するとさらにオーケストラ部にぞくして、ギコギコやつてゐた。

註) ほんたうに例外的な天才少年少女を除き、小中学生のあひだは、みんなギーコ、ギーコと弓を弾くものである。

最初のころはコンサートを見に行つても、非常におずおず弓(bow)を弾いていたのが、継続はまこと力なり、5年も経つと、舞台に座る席次も上がり、指揮者のすぐ傍そばで、情感こめて力強く、いかにもアーティスティックに弾けるやうになつたのは、誠まこと天晴あっぱれである。むすこの成長を祝し、親として感涙をひそかに流してもいゝのだが、それだと情に流れ過ぎるので、ひかへておく。

息子はクールフェイスである。このまへ、ひさしぶりに診療所におとづれた患者さんが、診察室に懸けてある息子の肖像画をみて「これ、先生ですか? それとも息子さん? え、どっち?」と混乱したほど、小医の若い頃にそつくりである。私にも痩せて無口でクールな容貌をつくりながらじつは人に緊張しやすい時期もあつたのである。そのせゐか、息子は、演奏中もしきりに汗をぬぐふので、それだけは不憫に思つたから、手巾を買つて遣らうと心に極めた。

男のもつハンケチといふのは、しかし、いつたい、どういふのがよいのだらう? 大昔、かの石原裕次郎は「赤いハンカチよ~」と唄つたが、あれは「婦女子の紅涙をしぼる」といふ言ひ回しの聯想からきた安易な表現で(こぼす娘のなみだをふくと、手巾が紅く染まるとでもいひたいのだらう)、赤いハンカチを持つてゐる男など、ほんたうにをれば、それこそ、ぶきみであらう。

このまへ、用あつて『坊ちゃん』を読み直したら、偶々たまたま面白いところに出くはしたのである。お洒落をこのんだ漱石らしい、一流の答が出されてある。

おれは、じれつたく成つたから、一番大おほいに弁じてやらうと思つて、半分尻をあげかけたら、赤シャツが何か云ひ出したから、やめにした。見るとパイプを仕舞つて、縞のある絹ハンケチで顔をふきながら、何か云つてゐる。あの手巾ハンケチはきつとマドンナから巻き上げたに相違ない。男は白い麻を使ふもんだ。(第六章)

私も今まで色々ハンカチを使つてきてみたが、色は白にかぎると思はれる。夏に白ほど涼しい色はないからである。素材は麻。とまでは思はない(着物はさう信じるが)。このご時世だから、手巾くらゐ綿でもしかたないと小医は半分あきらめてゐる。一流の百貨店に行つてみても、そもそも置いてゐないだらうから。店員もわからぬ連中ばかりだし。たゞし、がんこな「じぶんの美の世界」を築きあげた森茉莉は、「麻の贅沢」の一文を残しているので、冒頭からすこし引く。

麻のシャツは勿論、麻の下着、背広、手巾、着物、麻のものはすべて好きである。麻と言つてもいいし、英語でリネンと呼んでもいい。布の感じだけでなく、麻といふ字もいいし、アサ、と読む音も、リネンという言葉のひびきもいい。…着ると冷たく、涼感があり、熱帯のやうな真夏の暑さを瞬間忘れさせる。手触りはしやつきりしてゐる。かういふやうに字から何からすべて気に入つてゐるものに、他に胡桃くるみ、葡萄酒、煙草、珈琲、などがある。(『私の美の世界』1968年)

森茉莉の『私の美の世界』は、小医の青春の書で、この書のおかげで、小医は自我の確立をさらに推し進めることができた。「わたし」を形成するといふのは時間のかゝる作業で、森茉莉のほかには、向田邦子と高峰秀子といふ女性が、「わたし」の後押しをしてくれた。「安つぽい正義」すなはち民主主義とは、徹底的に戦ふことをまなんだのである。戦闘の砦とりでは、美である。

「麻の贅沢」のつゞきは、新潮文庫に入つてゐる同書を購つて、読んでみてください。

関連記事

  1. 算術の少年

  2. アリとセミ(1)

  3. 或人に送るゲーテの言葉

  4. The Flower of This Week (14)

  5. 文は簡潔を旨とす

  6. ピアノリサイタル

このサイトについて

京都市中京区蛸薬師 四条烏丸駅・烏丸御池駅近くにある心療内科・精神科クリニック「としかわ心の診療所」ウェブサイト。診療所のこと、心の病について、エッセイなど、思いのままに綴っております。
2026年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

カテゴリー