『国宝』映画評(2)

また「絶対にありえないと断言していゝ」話がでてきて、それは渡辺謙が、大阪の自邸に、このやくざの息子を引取るのである。なにか縁戚関係でもあるのだらうか? 私はその説明をまつたが、遂にない。たゞ渡辺謙がじぶんの好きで引取つたのである。え? あきれるといふより他はない。しかし渡辺謙の妻役が、寺島しのぶで、この人の存在なしには、この映画はたいていの観客も、私のいふ通り「こんなのありえない」とこゝでブーイングをおこして、空中分解を起こしてゐたはずなのである。役者には評価すべきふたつの軸があつて、それは「演技」と「存在感」である。寺島しのぶには、動かしがたい存在感がある。この人のおかげで、渡辺謙の「SF的行為」は日常性のなかに雲散霧消させられてしまつた。わたくしは、寺島しのぶに、大いに感心し、渡辺謙は、さいきんいくらハリウッドで評価されてゐるか知らないが、やつぱりダメだなあと思つたのであつた(彼の着てゐた着物だつて、なんだかひとつ浮いてゐた)。渡辺謙は私には、いつまで経つても、彼のデビュー作『独眼竜正宗』でナントカのひとつ覚えか、しきりに目を剥いてゐた「演技」の俳優以上には決して出ないのである(かう言ふと爆笑する人があることを希望する)。

このあと、渡辺謙の息子とやくざの息子は、切磋琢磨し合つていくのだが、若い男女の恋愛模様においても、「絶対にあり得ないと断言していゝ」展開が出てきて、失笑させられる。やくざの息子のほうが初めて祇園のお茶屋に連れて行つてもらふのだが、まだお母さんの監視の目がいつぱい付きまくりの舞妓さんが、ウチのいい人になつてえなと、やくざの息子にせまるのである。これがひとりだちした芸妓さんならわからないでもないが、お抱への舞妓さんでは無理だらう。しかしこの「積極的な」舞妓がやくざの息子のこどもを産んで(女児)、シングルマザーよろしく育てるのだが、その意気やよし、しかし、そのお金はどうしたらう。旦那もつかない身分のをんなに、どこからお金が入つてくるのやら。しかし、後述する高畑充希と違ひ、舞妓藤駒演じる見上愛の顔にはリアルなドスが利いてゐて、私はわるい感情を抱かなかった

一方で、渡辺謙の息子は、やくざの息子を追つて長崎から京都まで来た娘と出来てしまふのである。この娘はやくざの息子に惚れて、その情婦として、背中に刺青ホリモノを入れてゐる。パンフレットをみると、目鼻立ちに整形めだつ高畑充希演じるこのむすめが悪女にみえるのではないかと高畑のために製作陣は心配したといふのだが、心配も何も、このをんなは悪女で、女の本能のまゝに生きてゐるだけである。やくざの息子は捨てて、代りに渡辺謙の息子と一緒になる方が、生き易くなるのはあたりまへであつて、バカでないをんなならば、死んでもつかみたい選択肢である。さうしないをんななぞ、ゐない。をんなは皆さういふいきものであつて、「悪女」も何もないのである。すべてのをんなは皆「悪女」なのである。私はさうでないをんなを見たことがない。

しかしこゝで「絶対にありえないと断言していゝ」話がまたも出てきて、寺島しのぶが、じつの息子とこのからくりもんもんの娘との結婚をゆるし、高畑充希は見事梨園のきれいな着物べべを着た妻の座にをさまるのである。これは爆笑モンである。こんな話は絶対にありえないのだが、寺島しのぶだから(ほんたうなら、結婚に死ぬほど猛反対する)、その存在感が妙に梨園の妻に高畑充希がしつくり染まることを可能にしてしまふのである。寺島しのぶでなければ、その女優と高畑もろとも、目も当てられぬシーンとなつてしまつたことであらう。寺島しのぶは名女優と私は大絶賛する(もうひとり、大絶賛すべき俳優があり、それが老女形役の田中泯である。田中泯は、すべての俳優を圧してゐた)。

このあと、渡辺謙は、じぶんの息子ではなく、やくざの息子を次代に襲名させるのだが、この選択肢も、「絶対にありえないと断言していゝ」話である。ほんたうに歌舞伎の家出身の寺島しのぶもさう言ふのだから、まちがひのない話である。襲名式上、渡辺謙は血を吐いてそのまゝ絶命する。これもよくわからない。ハレの式でそんなことが起きるものだらうか。この時代に結核はありえないとすれば、胃癌しか可能性はないが、渡辺謙が健康を害するほど、無茶をしてゐたエピソードは映画に描かれてゐない。また、こんな晴れがましい席で血を吐くとは、むすこに対して無責任きはまりない父であり、この点は、終始無責任な決定と行動をくりかへしてゐる一点で、渡辺謙は終始一貫してゐると言へよう。息子はこのあと、あたらしく作つた情婦と地方を歌舞伎巡業する旅に出るが、観客の民度の低さをかんがへれば、かういふこともありえたかどうか。

とにかく、ケチはつけ出すと限無いのだが、最後まで、まあまあ面白いと思つてみることはできる。その理由はどうしてか、胸に手をあてゝ、よく考へてみたのだが、主演の吉沢亮、その美男ぶり、この一点に尽きる。ときをり、着物姿もちらりとみせるのだが、その色合ひ、着こなしぶり、いづれも、すばらしい。かず限りない欠点を乗超えて、吉沢亮がこの映画をさゝへてゐる。

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