ソフトクリーム

ソフトクリーム。

ちいさいころは、さほど好きでもなかつたが、齢をとつて、すきになつた。なぜつて、童心に帰れるからである。

「童心に帰れる」こと程、いまの私にとつて切実なものはない。ツマリ、それだけ私はいまの時代がきらひなのである。毛嫌ひしてゐるのである。だから私はじぶんの「すきなもの」でじぶんを囲つてゐる。この「私の美の世界」(森茉莉)については、復たふれることもあらう。

ソフトクリームの何がいゝのだらう。私は烏丸通をよぎつたところにある、向ひのドトールか、だいぶ右向ひにあるホリーズカフェに、ときどき立寄るが、いゝ年をした男でソフトクリームを舐めてゐる男がゐるのを見たことはない。おほくは珈琲を飲むために立寄つてゐるからである。それだけ私は貴重種といふことになるが、それも私の内心をじつはくすぐることである。中年男のおほくがソフトクリームを舐めるなら、私はけつして舐めることはないであらうからである。ツマリは、すねもの、天邪鬼といふだけのことなのかも知れない。

さういへば、ソフトクリームを挿込むグルグルの金属容器も、その無骨さに、こども時代は一瞥するのも、だいきらひであつたのが、いまだにかういふものが変はらず製造されてゐるのかと思へばこそ、いまの私は無限のなつかしみを抱く。店内周囲の客がまづい珈琲を飲む中、ひとりパナマ帽をかむつた還暦にちかい男が、ソフトクリームを舐めるのは、現代を寸時忘れられる、私にわづかに残された幸福の時間である。

珈琲はイノダコーヒーの豆から挽いたのが澄み切つて味も香も一番上等である。スターバックスなどで悦んで飲んでゐる人たちの舌はどうなつてゐるのか、想像もつかぬ。

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