結局、たゞのから騒ぎだつたのではないか、といふ疑念が今も私にはおさへ切れないコロナ禍から(わたしはいちどもコロナウィルスなんぞに罹かゝりはしなかつた)、わたしはながらく外食をやめてゐたが、いつからか再開してしばらくになる。このまへ、ラーメン屋の記事なんぞを書いたのもその反映である。そこで紹介したが、ムギュの冷しラーメンはほんたうに美味しいので、おすゝめします。
しかし、ラーメン屋で食べる前に並ぶ(並ばされる)といふのが、無上にいやである。この炎天下、なにゆゑに有害な紫外線を浴びなければならないのであらう。昔、永井荷風の思ひ出話に、「先生は、気に入つた店ができるとしきりに足繫く通ふかたでした」といふ追憶を読んだおぼえがある。わたしもそれで、服装でもなんでもそうだが、私は「定番」を決めたいにんげんである。
わたくしのことをお洒落とか誤解してゐる人があるが、おほきなまちがひである。男子ハ辺幅ヲ飾ラズ。わたくしはこの言葉を次のように解してゐる。ファッションに頭を悩ますのはをんなで沢山である。男子たるもの、さうであつてはならない。汚いなりをしてはいけないが、華美な格好や流行の格好もしてはいけない。浮薄だからである。男子にはなすべき大事あり。そこに時間を費やすべきで、着るものはコレ、とあらかじめ全部きまつてをれば、貴重な時間を節約することができる。わたしはこのことを若いとき、ある映画をみて、まなんだが、それについては別の機会に話そう。ようするに、私はおしやれのことなど、考へたくもないのである。
昼飯の「定番」を外れた私はふらり、烏丸通にながれていつた。おもへば、ここで商売をはじめて、8年も過ぎた。8年もだぞ! あゝと詠嘆の吐息をついてよい権利くらゐ、私にもあつていゝだらう。しかし、ふと見上げたイタリアンのお店QUATRO(なんでもカルテットとか、数字の4に関はる言葉だらう)をみて、こゝに入らうと思つたことは、たゞの一度もなかつたのである。店がまへからして、私とは、tasteがちがふと思つたせゐだらうが、せつかく「定番」を外して烏丸通に来たのである。勇を鼓してドアを押してみたら、存外空いてゐて、すゞしく、定食付のサラダも適当ではなくておいしく、スパゲッティもイケた。
なんだ、ヤルぢやないか。






