アリとセミ(1)

イソップ Aesop の物語が、私は昔からすきでねえ。辛口なのがいゝのね。

興味のない人には甚だ退屈だけど、イソップ寓話の成立ちについて、一往知つておきたいと思ひ、以下の文献を読んだので、そこを纏めてみました。

①小堀桂一郎『イソップ寓話 その伝承と変容』(講談社学術文庫、2001年、原本1978年) 労作。読む価値は高い。文章もたいそう読み易い。

②中務哲郎『イソップ寓話の世界』(ちくま新書、1996年) 少しハイレベル。京大生への講義レベル。①を先に読んだ方がよい。さうでないと、わかつたやうなわからないやうな感じになる。

③Aesop’s Fables. A new translation by Laura Gibbs. Oxford University Press, 2002  あくまでも英語圏中心、現代の研究者中心の本。文章の面白みは尠い。

イソップの寓話 fables ラテン語fabula は、アレクサンダー大王の死後、大王の建てたエジプトの大都市アレクサンドリアの大図書館に、万巻の書籍が蒐集された時、有能な学者にして行政官であつたとキケロ Cicero から称賛された、デメトリウス・パレロス Demetrius of Phalerum によつて、一巻になつたと、ディオゲネス・ライエルティオスが有名な『ギリシャ哲学者列伝』に録してをり、これに文句をつける人はないとされてゐる。時は紀元前3世紀ごろ。

それは散文 prose で書かれてあつたのが、紀元1世紀ごろ、韻文 verse 化して、ラテン語の詩にされたり(ファエドルスPhaedrus)、ギリシャ語の詩にされたり(バブリウスBabrius)、また元通り、散文に戻されたり、当時は写本の時代であつたから、収録話数や出処の違ふ色んな写本(ロムルス Romulus 本、アデマル Ademar 本、アヴィアーヌス Avianus 本、レミキウス Remicius 本が出回り、或は湮滅し、或は奇蹟的に田舎の修道院なんぞに秘匿されて残存してゐたりして、日本にも『イソポのハブラス』『伊曽保物語』として、16世紀末に、初の西洋翻訳文学として登場するまでは、これら雑多な写本を寄せ集めた、ハインリッヒ・シュタインへーヴェル Heinrich Steinhöwel 編『イソップ』(1480年ごろ。収録話数164篇)を基にした、翻訳本がヨーロッパを席捲してゐた。シュタインへーヴェルは、ドイツ人医師で、原本のラテン語に、わかりやすく簡潔なドイツ語散文訳を添へたから、広く人気を博したのである。因みにプロテスタント改革を始めたマルティン・ルターは「イソップの寓話はドイツ語に翻訳する値打がある」と高く評価してゐた。「これは売れる」と各地の出版社が飛びつき、たちまち、イタリア語訳、スペイン語訳、フランス語訳、それをもとにオランダ語訳、英語訳(カクストンCaxton本。1484年)などが出た。ラ・フォンテーヌ(1621-95)の韻文による『寓話』もこの流れにある。その冒頭第一話が『蟻と蟬』。

イソップ寓話集といへば、文学愛好者には、上記の知識でたくさんなのであるが、より古くより「原典」に近い(後代の手がかゝつてゐない)と推察される写本がみつかつたりして、現在は、ドイツのアウグスブルグでみつかり、1812年に公刊されたギリシャ語散文写本(アウグスターナAugustana本)が最も信頼されるとして、そこに蒐集された231寓話を中心に寓話集を編むといふのが、シャンブリ(フランス人研究者。1927年)、ペリー(アメリカ人研究者、1952年)たち、現代の学者の流儀となつてゐるやうである。しかし、そこには挿絵もないし、デメトリウス本のオリジナルに最も近いのかも知れないが、文章が簡潔に過ぎて、かへつて無味乾燥に近づき、はなはだ、つまらない感じがする。

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