むかし、駒場寮で、難しいマルクス主義のぎろんをしてゐる連中があると、周囲が「ホラ、またスコラ哲学(略して単に「スコラ」と呼ばれてゐた)が始まつた」と囃はやした。
中世のヨーロッパでは、嘘か誠か、指先に何人まで天使 angels がとまることができるか、などといふ議論がまじめになされたといふ(詳細不明)。世間のひとびとはかういふことに皆目かいもく興味をしめさないが、私は示す。しかし、わたしも時間のゆとりがないので、世間の人にならつてゐる。だが、そろそろ私も働くことに倦うんできた。マルクスは、貨幣に価値があるのは労働によるのであるとバカげたことをぬかしたが(労働価値説)、みな一笑に付してしかるべきなのに、共産主義者のまじめ人間どもはしきりに首を横ではなく、たてにふつたから、「労働」を愛する人びとが増えて、日本は赤化した官僚どもの誘導で、至る所「労働者」だらけの国になつてしまつた。長く江戸時代、人びとの夢は「隠居」するにあつたといふのに。しかしくりかへすが、そろそろ私は労働に倦うんできた。これでも20年ちかくひとさまに御奉公してきたのである。中世スコラ哲学でもなんでもいゝが、そんな閑文字の並んだ本を手に取つて空想を逞たくましくする時間がほしいのである。
経済理論については、私は知る所がきはめて少い。なんにもかんがへずに文章を書きだすと、どこへむかつて、ワープロが走りだすかわからないこと、ミニカーのオモチャの走り具合に似てゐる。そろそろ本論に入らう。実じつを伴はぬ議論を、もつと簡単には、観念論といふ。抽象的な概念をもてあそんで、論争のあそびをすることである。たいていは、つまらない不毛のぎろんだが、私の人生で、唯一、これだけは意味があるといふ観念論がある。私が法学者にはむかず、医者には向いてゐたこととも関係する観念論である。ひろく文学、哲学とも関連するぎろんで、私が「世界」をみいだすことができたのも、この観念論である。(つゞく)





