スタニスラフ・ブーニン

ブーニンといへば、天才ピアニスト。彼が19歳でショパン国際コンクールに1位優勝した時(1985年)は、世界中で、特に日本で、異常ともいへる「熱狂」が起きました。今では到底信じられませんが、武道館でコンサートが開かれ、世界で最も教養層の厚い20代女性がブーニンに、花束を捧げ、ビートルズ並の嬌声を上げたのです。

くりかへしますが、当時の日本の20代女性は「教養」にあこがれた最後の世代だつたといへるでせう。今では絶滅してしまつたので。学歴はせいぜい短大卒でも(4大なぞには嫁に行き遅れるから絶対に行かない)、みな「よき奥様」を目指してゐました。今のやうに、ミニスカートにブーツなぞ野蛮な服装は死んでもしなかつた。服装だけぢやない。音楽も、レベルの低いものは徹底的に軽蔑してゐた。「軽蔑」する美徳を知つてゐる最後の世代。

ブーニンさんは、日本人の奥さんをめとり、日本とドイツを往来する生活を送つてゐる。ふだんはドイツ語を話してゐるやうだ。ふしぎな縁で、わたくしと同い年。しかし病をえて、2013年からコンサート活動を中止。原因は左腕の麻痺palsyと、糖尿病diabetes mellitusによる左足切断。さいきん演奏活動を再開して、そのドキュメンタリ映画がNHKの製作で上映されてゐるので、UPLINK京都に観に行きました。年配の女性客が多い。

最初から泣けました。曲は、ノクターン嬰ハ短調「遺作」(『戦場のピアニスト』の主題曲)。ブーニンさんの科白がいゝのです。「わたくしは今や足の悪いだけの老人で、もはや音楽につかへるだけが生きがいの存在だ」と。Ars longa, vita brevis.  わたくしも医学につかへるだけの人間なので、残る人生の短きを思ふと、こぼれるのは泪だけなのです。

ブーニンさんはカッコイイのね。ダンディ。風貌は大学教授ふうで、ネクタイをしめてゐなくても、いつもしめてゐる感じ。服装もモーニングかシュトレーゼマンで、上着を着てゐなくても、着てゐるやうにしか思われず、つねに端正で隙がない。だから、だらしない服装のわかものには決して好感を持つてゐない(あるシーンでそれとわかる)。それが証拠にろくな挨拶をわかものに返しはしなかつた。わたくしもさうしただらう。

ブーニンさんは中学生頃から高校生頃にかけて、ピアノの弾き方といふものを「会得」したので、それで飯が食へると自信を持つたさうだ。みんな鍵盤をたゝきつければ音が出ると思つてゐるが、さうではない。そつとひいて、ピアノから出る音をこちらが「受け止める」ことができて初めて演奏なのだと。ショパンのエチュードは「練習曲」だから安易に弾いてよいとモスクワ音楽院の学生ですら、さう考へてゐるサルどもばかりで、怒りを以て驚愕したといふ。

天才のいふことは、何から何まで大衆とは違つてゐるのだ。ブーニンさんは今「別れの曲」が技倆上どうしても弾けない。しかしショパン自身がこれ以上うつくしい曲はないと自賛したのがこの曲。センチメンタルに過ぎたとしても、その言葉にうそはない。

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