わたくしも、身過ぎ世過ぎから、精神科医の団体にぞくしてゐて、名前を日本精神科診療所協会(日精協)といふ。定期的に学会誌を送つてくるのだが、今まではぜんぶゴミ箱に直行してゐた。にんげんには、どくとくの勘といふものがあり、読む価値があるかないかは、すぐにわかるのである。
しかし、本年(令和7年)になり、わたくしは、すこし斜め読みするやうになつたのである。昨年(令和6年)の診療報酬改定があまりにわれわれ医師、とくに開業医に対して無礼きはまるものであつたからである(すなはち、労働対価の切り下げ)。7月号には、来年(令和8年)はさらに悲惨な結果となるであらうとぶきみな「預言」をするセンセイまで現れた。それは無理もないことであつて、自民党、日本維新の会、大蔵省、厚生省、こいつらが、悪だくみを図つてゐるからである。11月号には既に高齢で引退なさつた先生が、みなさん、よくこいつら政治家や役人どもの好き放題にさせて平気でゐるもんだ、気はお慥かですかと皮肉めいたことを書いてをられた。無責任な放言だとはわたくしにはぜんぜん思はれなかつた。まさに正論である。大蔵省、政府は、開業医が増え過ぎてをり、儲け過ぎなのはけしからんから、開業医を一定数潰して、病院の勤務医に戻すべきだとか、ふざけたことをのうのうと「建議」までしてゐる。これにたいして日本医師会は「バカヤロウ! 何ナマイキ云つてやがる。おれたちはおまへらの奴隷ぢやないぞ!」と猛烈に攻撃すべきだらうが、寡聞にして聞いたことがない。ふぬけである。あゝ、武見太郎が今にありせば、赤化官僚の巣窟たる厚生省やその親分の大蔵省など、恐怖にふるえ上がらせることが、らくらくできたものを。
日本の政治を考へるうへで、重要な一角は、東大法学部-大蔵省-自民党宏池会、このトライアングルである。東大法学部は中国産である。和製ではない。日本に科挙はなかつた。江戸時代の貧しきインテリ、下級武士は科挙にあこがれた。しかし日本は身分制社会であつたから出世の途はおのづと閉ざされてゐた。四民平等となり明治になつて清朝から科挙を輸入したのが、一高-帝大法学部-高等文官試験-内務省官僚といふ一連の試験制度である。中国では1905年を以て科挙は廃止され中華文明はこゝに途絶えた。それ以後の「士大夫なき中国」はわたくしからすると顧みるに足りない。
しかし、中国でも皇帝には面従腹背で私腹を肥やすのが、官僚どもといふ存在であつて、大蔵省の連中は、国運を増大させるなどといふことはまづ考へない。じぶんたちの省益さへ増えればそれでよいのである。小人である。さういふやつらに税金を渡してはいけない。国会での議論はつねに減税、減税、減税あるのみで、増税であつてはならない。政治家どもはそのしごとをしなくてはいけない。官僚にものわかりのいゝ顔をしてはならないのである。これが議会政治の基本である。官僚は「国民のため」といふが、それは表向きの美名であつて、それを元手に、じぶんたちの天下り先を無数に日日こさへてゐる。これを「福祉利権」といふ。政治改革の基本は、東大法学部の廃止、大蔵省の弾圧、福祉利権の収奪(大蔵省外郭団体の解体)、大蔵省と通じてゐる宏池会自民党議員の追放(こいつらは国民の敵である)だらう。もつとも、これをするには、マッカーサー元帥並の権力が必要とならうが…。
心配されてゐた令和8年の診療報酬改定は、安倍派の高市早苗首相の政治決断で「30年ぶりの3%増」となつたことは、奇蹟にちかいことで、もし高市首相でなく、大蔵省にべつたりでデブの林芳正なんぞが、首相の椅子に坐つてゐたりした日にはどうなつてゐたことであらうかと背筋が寒くなつてくるのである。
まだ診療報酬改定の「具体的」恩恵がどんなものかわからないので、なんともコメントは出しようがないのだが(といふのも外来診療には、たつたの0.15%増らしいので。大蔵省には戦車隊で包囲して砲爆、撃滅すべきだらう)、高市首相でなければ確実にマイナスになつてゐたところを、30年ぶり! の大幅プラスといふ方向を打出してくださつたのだから、とりあへず、感謝!である。
しかし、この一事を見ても、官庁に正しい政治的距離を保つ強力な政治権力さへあれば、官僚どもなぞはいくらでも叩き潰せるのである。この獅子身中の虫、皇帝の肺腑にひそむ蛆虫の悪だくみに、国民(代議士)はもつと監視の目を行届かせるべきが、結託腐敗してゐる現状(大蔵省の拡声器のやうな自民党宏池会)をこそ、一般大衆は攻撃すべきである。しかし、じぶんでかんがへる頭がないので、知性のひとかけらもなさゝうな参政党ごときを支援してゐるのだから、仕方がないか、とためいきをつく。





