スーホの白い馬 勉強とかいふもの(2)

私は本を読むやうなこどもではなかつた。

それよりも草むらや川べりなどにひとり出かけて、カマキリやカエル、おたまじやくし、とんぼ、ザリガニ、蛇などをつかまへることが好きな子供であつた。蛇をつかまへるのはさすがに怖く、いつも田口くんにつかまへてもらつてゐた。どこか気心のしれない顔付をしてゐたが、田口くんは、なんと勇気ある少年であつたことだらう。かといつて、じぶんをいきもの好きとも、さしておもひはしなかつた。

むしろ残酷な方であつたらう。犬や猫などを、かわいいとはすこしもおもはなかつたし、それよりも、田んぼ近くでつかまへたカエルを地面にたゝきつけて、浮袋を潰し(水中に投げて浮かばないやうに)、それを凧紐に結わえてザリガニを釣り上げる餌にしたら、山ほどザリガニがたかつてくることに欣喜してゐた。

そんな小学生にも、終生こゝろに残るものをあたへてくれた本が、『スーホの白い馬』である。

この作品について私が格別いふことは何もない。数字が何よりも雄弁に物語つてゐる。福音館書店1967年10月1日発行。2019年6月25日第138刷。半世紀以上の長きにわたり、こどもの絶対的支持を得てゐるのである。なにかほんたうにこゝろをうつものがなければ、こどもがかくもこの本に心酔するはずがない。

まづしいスーホ。おばあさんと住んでゐる。父母は何か故あつて早逝したのだらう。しかし働き者。くよくよしたりしない。ある日、仔馬を拾ふ。育てると美しい、いゝ馬になつた。誰かが競馬に出場するがいゝといふ。うかうか出かけて、レースに勝つてしまつたら、殿様に逆にぶたれてしまつてひどい目に合ふ。それはスーホも同じで、殿様のところから逃げ帰つてきた白馬は幾本も矢に刺されて絶命してしまつた。かなしむスーホ。しかし馬は幽霊になつて出てきて私の骨で楽器をつくれといふ。なづけて馬頭琴。うつくしくも悲しい音色で聴くものをなぐさめるといふ。

これはストーリーがいゝのだらうか。文章がいゝのだらうか。なぜ、こんな齢になつても、この絵本のことを忘れないのだらうか。これくらゐの物語はいくらもあるだらうし、文章もさしてうまい日本語といふわけではない。ただ挿絵は間違ひなく、うまい。この挿絵の効果は否定できないだらう。他にひとつ、理由をひねり出したのだが、文学の効用に「こゝろを奪ふ」といふことがある。時空をわすれさせる「恍惚」といつてもいゝ(生田耕一説。『黒い文学館』中公文庫23頁)。モンゴル。スーホ。大草原。馬頭琴。いづれも、日本からとほく離れて、想像をたくましくするより外ないものばかりである。しばし、教室で本を読んでゐることを、こどもに忘れさせたのはそのせゐか。

しかし、すなほに考へて、こども心に一番うつたへたのは、スーホと白馬との別離のかなしみではなかつたか。「サヨナラだけが人生だ」(井伏鱒二)。こんな言葉も知らないうちでも、こどもこそ、大人よりも腹底豊かにそなへてゐる、かなしみの水をたゝへた水甕は、ゆすぶられ、生涯ひゞく反響音を立てたのである。

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