ファンといふもの

昔は、ご挨拶といふことがあつて、小学校、中学校、高校と(大学はさすがになかつたらうが)、「うちの小供がおせわになつてをります。これからも宜しくご指導お願ひします」と盆暮、親が、担任教師に付届けをする慣例があつた。

しかし、まじめ人間が、この慣例は、教師の生徒に対する、えこひいき、不平等取扱に繋がり「かねない」とか言ひ出し(共産党のれんぢゅうはかういふ脅しの文言が大好きである)、これは贈賄に該る可能性もあるやも知れぬとかバカげたことをいふ刑事法学者も出てきたので、教師を敬ふ美風は地を払ふことになつた。さいきん変態の教師どもが、受持の小供の裸を撮影したりするやうになつたのは、その腹いせではないか、と思はぬでもない。

人相手の商売には、ファンといふものができる。御贔屓(ファン)は、尽くしたいのである。そして受けるほうは莞爾として受取る義務があるのである。医者の世界でも上記と似たことがあつて、病院としては建前、患者側からの付届けはご遠慮くださいと言つてゐる。しかし、世話になつておいて、挨拶をせぬバカがどこにある? 何を遠慮することがあらう。いや、それで一向かまはぬといふ吝嗇けちな大人ばかりになつてきて世は殺伐としてきたこと、上にあげた例のごとくである。京都第二日赤でも私が退院する時、看護婦さんたちは喜んで受取つてくれたし、私じしんも、謝意を拒んだことはない。患者はよろこんで感謝の意を伝へたいのに、それを医者が拒んでいかにする?

昔、不当に長く精神科病棟に入院させられ、前任の医者により、薬を山ほど増やされ続けてゐたわかものがあつた。かういふことがあるから、同業者ながら、私は精神科医といふものを憎む。私は病態が軽いので、いつまで入院させておく必要があると、薬剤師と相談しつゝ減薬に減薬をつゞけて、必要最小限になつたところで、強制退院(医療保護入院)を解除して退院させたら、無表情な父親が、少なくない札束を小医の胸ポケットにやをら突つ込んだ。表情のまつたく読めない父親だつたが、さすがに親なので、うれしかつたのである。むすこはその後、藝術的才能を活かして、絵を描き、今や地方の名士になつてゐる。

このクリニックにも、小医への御贔屓筋があつて、昨日9月30日、私の59歳の誕生日に贈物をくださつた。莞爾として私がうけとつたこと、むろん、従前のとほりである。このコラムはその謝意のために草した。

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京都市中京区蛸薬師 四条烏丸駅・烏丸御池駅近くにある心療内科・精神科クリニック「としかわ心の診療所」ウェブサイト。診療所のこと、心の病について、エッセイなど、思いのままに綴っております。
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