UPLINK京都に足を運んで、けふは『医の倫理と戦争』といふ、医療・介護従事者にインタビューするドキュメンタリ映画を観て来ました。生まじめさうなお爺さんの御客が私の両端にゐて、かういふ映画にはさも相応しい雰囲気を醸してゐましたね。
石井四郎中将(京大医学部卒)率いた731部隊が満州でナチス・ドイツ並の人体実験を行つたこと、かれらはしかし敗戦後その実験データをアメリカに引渡す代りに免罪を得、その万死に値する罪は闇に葬られたことを率直に指摘してゐたことは正しいと思ひました。なんぴとたりとも、このおそるべき事実を否定することはできませんからね。
しかし、医者は戦争に反対すべきであるといふドキュメンタリの主張にはわたくしは違和感をもちました。医者は個人です。一人びとりの患者さんを日日地道に診てゐる職人、一労働者に過ぎません。戦争は国家の行ふ団体行為です。どんな人も衆多あまたの群衆の流れに逆らふことなどできません。これは事実です。繁盛する百貨店に足を運んでみるだけでもそれは簡単にわかるでせう。
これが戦争といふ大きな国権発動行為においては尚更さうなりさうだ位は容易に見当がつくでせう。医者は戦争に反対すべきだといふのは、医者は政治家になれといふ主張に外ならず、これは「政論」です。モラルです。しかし、わたくしは政治家になぞ絶対になりたくはありません。賛成、否定いづれにせよ、街頭や議場で、バカどもを相手にがなりたくありません。わたくしはそのときは医者をやめてひつそり引退します。
哲学を学ぶ価値があるとして、ひとつこれだけは真実だから覚えておくといゝ知識があります。それが、カント哲学のテーゼ、「事実(truth, fact 「である」、存在 Sein)から規範(moral 「べきだ」、当為 Sollen)を導出することはできない」といふ真理です。なんぴともこれを否定することはできません。これを否定しようとする「人間主義」のバカが時どき出ますが、すべて否定されてきました。
医者は生命を守る仕事だから政治家になるべきだとドキュメンタリは主張するのですが、医者と政治家は別の範疇のしごとです。医者は事実 truth を直視する仕事です。神様への信仰を深めるモラルを患者に説いて白血病が治るわけではありません。政治家は国民に希望といふモラルを説く仕事です。現実がどうあらうと、平和のモラルを説き続ける奴もあれば、いざとなれば、そんなものは無視して国民を死に追ひ込む究極の命令、死んで護国の英霊となれといふモラルを出すことさへ厭ひません。多くの人は、カント哲学なんて知らないよと言ひ、それを持出す人間を臆病だとか敗北主義者だとか非難しますが、にんげんは、個人として生きてゐるだけではなく、群れ(国家)の一員としても生きてゐることを思へば、「医者は国家の犯罪に加担するな」とか、単純な道徳論は絶対に語れないのです。「平和な時の平和論」。いざ戦争が起きて見ろ、豪えらさうなことを言つてた奴は、みんな国に尻尾をふりまくつてゐることだらう。先にわたくしは引退するといつたが、軍医として応召されゝば、これを拒むのは難からう。
ドキュメンタリ中でも、安倍政権の安保法制に反対することが正義であるかのやうに言ひたげであつたが、別段日本が他国を攻撃しようといふのならともかく、向ふから攻撃を喰らふかも知れない剣呑なご時世になつてゐることを思へば、「状況に応じた判断、政策変更」が要請されて当然なのではないだらうか。憲法違反の疑義があるとか言つてゐる政治家連中こそ、売国奴である。正義栄えて国が滅んではならないのである。
高齢者医療、終末期医療を切り捨てようとしてゐると、勇ましい看護師さんや介護士さんが主張してゐたが、わたくし個人の意見としては、この80年も戦争のない太平の世の恩恵を忘れ、おぎゃーとこの世に生まれてきたらば、殆の人が自動的に80歳の寿命を全うできるやうになつてゐるこの世の恵沢は、もうたくさん過ぎるのではないか? と思ふのである。これ以上何を望もう。いつたい、だれを咎めよう? わたくしには、率直にいつて、この人らのいふことが、尋常ではない「権利意識の肥大化」といふ以外には、わ・か・ら・な・い。これこそ亡国の兆しといふべきだらう。モンテーニュは、老人ははやく席を譲れと言つたものである。これからの幼い命に。
たゞ、この映画から学んで、すなほに見習ひたいと思つたことは、93歳にして、頭もシッカリし、話しぶりもシッカリし、歩行もシッカリし、元気一杯の看護師さんがゐたことであつた。これなら、この世にしがみついていゝ権利がある。わたくしも93歳になつてもこのやうに元気でゐたいと心底思つたことであつた。






