医者は医学部の門をくゞつた時から医者なのだといふ説(存外まちがひではない)がある。それで行くと、わたくしはもう24年も医者をやつてゐる勘定になる。
ヤハリ卒業してからが医者なのだと順当に考へると、それでも18年余もやつてゐる。18年! わたくしには信じられないのである。もうそんな年月の過ぎてしまつたことが。全くアッといふ間であつた。人生一炊じんせいいっすいの夢とは、このことか。漢籍はなんと簡潔にして、含蓄ぶかい喩たとへをわれわれに与へてくれてゐることだらう。
わたくしは正直いつて医者稼業にはもう飽いてしまつた。わたくしはファウスト博士並に勉強をしてきた博学である。文学も哲学も法学も医学も修めてきた。たいていの大学教授なんてバカである。一流は無理でも二流以下なら大学教授ぐらゐ平気で務まるであらう。しかし、そんな人生の時間はない。あとはメフィストフェレスとつるんで、一国の経済をうごかすほどの株屋になつて、経済学を学べば、わが万学を修めるために生まれて来た人生は、完結する!のである。さいきん気づいたこの「発見」は、すこしわたくしを幸福にした。気鬱に塞ぐファウスト博士のもとに黒犬(メフィストフェレス)が忍び寄つて『ファウスト』の物語が始まるやうに、私はメフィストフェレスの到来を待受けてゐるのである。
さきごろ、56歳で開業し、82歳でつひに閉院することになさつた消化器内科の老医を私は訪ねたのである。わたくしは社交については至つて消極的な人間で、尋常なことではこんな出過ぎた真似はしない。しかし、わたくしは老医の「気骨」の秘密をなんとでも知りたかつたのである。夏にその旨の挨拶ハガキを受け取つて以来、胸をすくなからず痛めてゐたわたくしは、菓子折りひとつを持参して、老医のクリニックに参上した。同じ医師会とはいへ初対面である。
わたくしは単刀直入に訊いた。「センセイは、なぜこんなお年まで医者をつゞけてこられたのですか。ぜひ参考までにお聞かせくだされば」と切り出すと、「イエね、内視鏡といふ検査機械がうまれたわけですから、これですこしでも早期のうちに、すこしでも多くの人の癌を発見して治療したい。たゞそれだけでしたね」と。
なんと無欲な方であらうか。
先生は56歳まで大学病院の医局にぞくする学究であつた。しかしお子さんはなかつたのであらうか、ゐても継がなかつたのであらうか、小柄な老医は温和ではあつたが、その善意は疲労の色に限りなく染まつてゐた。
ひと目見て、先生はまじめなかたであり、お答を「模範解答」と揶揄する余地はこれつぽつちもなかつた。しかし、わたくしは初めて入つたビル内が予想以上に金のかゝつた作りであることに気づき、「センセイ、失礼ですがこゝの家賃は」と率直に聞いた。意外や老医も率直に「66万」と即答なさつた。「赤(赤字)です」とも。
その答に私はうなつた。憤怒ふんぬ! これがうならずにをられやうか。大蔵省およびその奴隷の厚生省職員全員の首を刎はねてやりたいとさへ思つたことである。天下りといふ「利権」をお手盛りで無数に日日製造してゐるこいつらに対して、わたくしは言ひ過ぎたであらうか?
国民よ! 考へよ! 頭がないから無理だらうがな。
今年の春・秋、私には「下血」と「貧血」があり、かゝりつけの主治医が騒ぎ、第二日赤の担当医が「入院かもよ」「癌かもよ」と私を嚇おどした事態が勃発したが、その顛末てんまつについては、病気の説明ページ、「その他、臨床医学講義」の欄に「下血・内視鏡検査・貧血」と題して記録しておきます。わかり易くてオモロイ解説として、皆さまの医学知識向上に役立てゝ下さい。

