病気の説明

その他、臨床医学講義

下血・内視鏡検査・貧血

下血は、英語でなんといふか知りませんが、出血 bleeding の一種で、口から出るものではないものを指す。(つまり肛門 anus から出ることを憚つて言つた)。なほ、医者はbleeding などとは言はない。bleedingは英語。医者は英国では一往ジェントルマン待遇なので、インテリの印に、ラテン語かギリシャ語を使ふ。曰く、haemorrhage 。カッコイイのだかバカなのだかわからない。しかし、医学の専門雑誌では、hemorrhage の語が使はれて、bleeding を忌む。医者は、庶民にわからぬ言葉を使ふものとされてゐる。庶民はかへつてそれを喜んで尊ぶ。17世紀の昔、フランスの喜劇作者モリエールが皮肉つたとほり。

ブルートBlutドイツ語で血液の意味)の色が鮮血であれば、出口に近いところが出血源であらう。黒色であれば、胃酸による血色変化を蒙つてゐるのだから、マーゲンMagenドイツ語で胃の意味)からの出血と推定する。食道esophagusからの出血なら、下血とはならず吐血となるだらう。肝硬変を背景とする食道静脈瘤破裂によるものならば、即死sudden deathもありうる。緊急事態emergencyである。

普段からじぶんの便ドイツ語でコット Kotといふ)の色は、見ておくやうにしたい。「エッ!」と驚くやうな黒さを呈していると、たゞ事ではないと素人でもわかるはずである。

春ごろ、かかりつけの主治医に、黒色便の出た事実を報告したら、第二日赤へ行け、そこで胃カメラの検査を受けろと、青い顔をして宣告された。「万一のことがあつたら、どうなるんです!」 ナニ、おれ一人が死ぬだけのことぢやないか、だいじょうぶさ、とわたくしは高をくゝつてゐたが、日ごろ世話になつてゐるので主治医の顔も立てなくちやいけない。一往いろんな方面に責任もある。そこでノコノコ、心中はイヤイヤ出かけた。

時どき、じぶんたちは「しろうとだから何もわからない」とかほざく患者がゐて、呆れることがある。ぜんぶ医者の責任なのか? さうだとかいふバカな裁判官があつて、くたばれと思ふ。生き死にの感覚について、しろうとも玄人もあるか。わからないなら、あなたは病気ではないのです。生物にはすべてこの種の直観が備はつてゐるものだ。備はつてゐなければよろしく死ぬがいゝ。

食道から胃、十二指腸までの状態を診るための検査として、上部消化管内視鏡検査upper GI endoscopy. GI: gastrointestinal tract。通称「胃カメラ)を行ふ。わたくしは口または鼻から管を入れるこの検査を嫌つて健診では長らくバリウム(胃レントゲン透視)検査で済ませてきた。今回、是非もなく受ける羽目になつたが、存外口からでも鼻からでも、さほどの苦痛なく終へることができた。経鼻胃カメラは最高で、寝て起きたら、検査は既に終つてゐた。

昭和30年代、結核 tuberculosis(TB. ドイツ語流にはテー・べーと読む)がやうやく退治されて、日本人の平均寿命が延伸したが、しかし早速最初の壁になつたのが食道癌胃癌Magenkrebs(MK.本来ドイツ語流ではエム・カーと呼ばねばならないが、和製ではエムケーと呼称されてゐる。京都で一番とかいふ、どこかのタクシー屋のことではない)で、これが『白い巨塔』の時代背景だが、今や胃癌(マーゲンクレプス)の時代ではない。検査結果次第では、止血のため、即刻入院してもらふと、第二日赤の医者は、鬱病Depressionの回復途上にあつて弱つてゐるわたくしを、そんな開業医の事情など、乃公おれの知つたことかといふ顔付で容赦なく嚇しつけてきたが(組織にぞくしてゐる人間はかくも非情なのである。その最適例が日赤の医者と看護婦。わたくしは日赤の組織、職員がだいきらいである)、なんのことはない、出血源は胃内の良性ポリープであつた。

胃内にあるデキモノは、みれば、良性benignか、悪性malignantかは、しろうとでも見ればすぐにそれと知れる。前者はつるんとしてをり、ピチピチしてゐるが、後者は組織がそもそも崩れてゐたりしてゐて「キタナイ」。もちろん、慎重な専門的判断を要するところもあり、組織を切取つて組織片を顕微鏡で観察する(バイオプシーbiopsyといふ)ことを要するときもある。しかし、だいたい「視診」でわかるものである。どんな外来であつても、「検査もせずにわかるんか」と医者のとりあへずの診たてに絡んでくる不埒きはまりない患者があるが、むかし病院勤務だつたころ、わたくしはあまりに腹が立つたので「パッとみてわからんけりゃ、医者やってるかよ」と怒鳴り返して、黙らせたことがある。

わたくしのはつるんとしており、すでに自然止血されてゐて、少し胃内の食物残渣とこすれた程度だつたやうである。これをさつさと切除すれば良さゝうなものだが、今はさういふ外科的治療ではなく、内科的治療法を先にやるらしい。それがピロリ菌除菌の内服療法である。

胃内にできるポリープの原因にヘリコバクター・ピロリ菌 Helicobacter pylori がある。この細菌については、あの強酸の世界に生物は棲めない筈だといふ「思ひ込み」と、いや「存外、ゐるかもよ」といふ想像力とのあひだで始終合戦が行はれ続けた歴史がある。後者は、臓器解剖などで現実的な観察を怠らなかつた人たちで、百年ちかく続いた細菌存否の争は、実際に胃内に細菌が存在することを実証した後者に軍配があがつたのである。存在を証明したお医者さんにはそのご褒美に慥かノーベル賞が与へられた筈である。

わたくしの胃内にも H. pylori はゐるとのことで、抗菌剤2種ペニシリン系とクラリスロマイシン系)と胃酸止めPPI:proton pump inhibitor)を1週間飲めといふので、飲んだらみごとに退治されたやうで、すくすくポリープは小さくなつてゐるやうである。しかしすぐには、十分ちいさくならないので、大小の下血がその後もあつた(やうだ)。そしたら、大の男が秋口に貧血ドイツ語でアネミーAnaemie)になつてゐたのである。

貧血 anaemia といふのは、普通によく見られるのは、女性の月経過多である。特殊な例では、急性骨髄性白血病AML; acute myeloid leukemiaである(骨髄における血球産生能低下に基づく汎血球減少pancytopenia:赤血球、白血球、血小板の3つとも減少する が見られる)。歯磨き後、出血が止まらないとかいふことで、それと知れたりする。あと、普通によくあるのが、消化管出血である。

よく若い女性が「わたし、貧血で」といふ「貧血」は、医学的には「シンコピーsycope」といふ(「シンコープ」と間違つて発音してゐる循環器内科医もあるが、赤恥ものである)。「失神」となると、ほんたうに倒れてしまふ。よく男の老人がお酒を伴ふ宴会に参加して、トイレに立つたら、排尿後に倒れる(排尿後失神)。自律神経の緩みによる。脳卒中か、不整脈かと、救急車が要請されたりして、大騒ぎになることがある。しかし大山鳴動して鼠一匹イソップ話)とはこのことである。わかものでも、疲労がたまつてゐるとき、この現象がみられることがたまにある。女性では、長時間起立してゐると倒れることがすくなくない。女性は男性よりも自律神経機能が弱いやうである。しかし、多くの場合、倒れるまではいかず、フラッとするだけにとゞまるので「プレシンコピーpresycope(前失神)」といふ。これが世間語にいふ「貧血」の正しい「医学用語」である。

貧血かどうかは、採血検査を行つて数値を見てみるしかない。赤血球内のヘモグロビン(血色素)値(ドイツ語でHb ハーベーといふ。エッチ・ビーとは決して言はない。言へば鉛筆になる)が高いか低いかみる。8g/dL)を切ると、輸血するよと嚇される。「血色素」とあるが、これは酸素を運ぶ鉄イオンを有する機能タンパク質で、これが少なくなると、生命を維持する酸素が体内をめぐる量が減るわけだから「息切れshortness of braeath」が起きる。shortness of breathでもいゝが、これは英語なので、インテリたる医者は、庶民には到底了解不能なラテン語かギリシャ語(古典語)を用いるべきであり、dyspneaといふ、庶民には「?」といふ語を使つて、けむにまく。

この息切れは、喘息asthmaや、心不全heart failure肺炎pneumoniaなど、傍目からも、あきらかに呼吸が苦しさうといふそれではなく、体動後にかすかに感じるふしぎな苦しさといふのがわたくしの体験であつた。医学には「客観的な」所見 finding、症状symptom が多そうでゐて、実際には体験してみなければわからない「主観的」訴え complaint のほうがはるかに多い。精神科はさういふものゝオンパレードである。だから、本人がいふ「うつ」とか「自殺念慮」なんて、どこまでホントか知れたもんぢやない。

月経過多消化管出血などによる貧血では、Hbが減少すると共に、赤血球じたいの大きさも小さくなる。これにはMCVの値を見る。80(fL)前後、或はこれを切ると、良くない。Hbなどの材料不足が原因で赤血球じたいも小さくなるのだらう。臨床医学の世界で赤血球はRBCとこれは普通に英語でいふと思ふが、そもそも言及しない。HbMCVで十分だからである(MCVはエム・シー・ブイと英語で発音する)。余計なことは情報として無視されるのである。それよりも血球検査で重要なのは白血球なので、これはワイセWeisse ドイツ語で白の意味)といふ。英語でWBC(ダブリュー・ビー・シー)などといふと医者仲間に入れてもらへない。血球には血小板 platelet もあるが、これは和製英語でプレートと呼ぶ(特発性の血小板減少症は高齢者にすくなくない)。

貧血は、正式には(?)鉄欠乏性貧血IDA; iron deficiency anaemiaともいひ、鉄剤を飲めと気休めに出されたが、鉄剤の内服は強烈な便秘をもたらすので、考へものである。便の硬くなることこの上ない。さすが鉄剤といふだけはある。重く硬結な便が出る。(笑)

消化管からの出血源は、胃が代表的なものだが、大腸から出ても不思議ではない。『白い巨塔』のころは、食道癌や胃癌が日本人に多かつたのに、着物を着る日本人がめづらしくなるにつれ、食が欧風化するにつれ、日本人のかかる代表的な癌も、欧米人なみに、肺癌、大腸癌が主なものに移つていつた。日本人は最早ニセ毛唐になつたのである。大和魂なんて、お笑ひ草である。一国の首相が「わが国」と呼ばず「この国」と呼ぶ(小泉、安部)のだもの、ほんたうの大和魂なんてどこかに消えてしまつた。

「センセイ、出血源は、胃からとは限りませんよ」と第二日赤の女医はわたくしを嚇した。しかし、そんなものに怯えるわたくしではない。

「考慮すべき原因をふたつも三つも複数に増やす医者は、藪医者だ。わたくしは、学生のころ、The New England Journal of Medicineでさうならつた。名医になりたければ原因はひとつに絞つて考へるべきだとね。しかし、おまへさんの期待にこたへて大腸内視鏡検査 lower GI endoscopyは、むろん、受けよう」

「それで私も安眠できます」と女医。

「50歳になつたら、大腸内視鏡検査は推奨されるとThe New England Journal of Medicineにさうあつたからねえ。だから受けるのさ。しかし、癌があるとは思つてないよ」

ちなみに、The New England Journal of Medicineとは、アメリカのハーバード大学医学部の医学雑誌で、世界一の権威を、英国のThe Lancet 誌と並んで有する。英語はきはめて平易。最新の治験報告。100年以上も続けられる症例検討会。学生向けの症例学習。珠玉の医学史エッセイ。とにかく美しく、かつ、薄い、わたくしには学習効果抜群の医学教科書であつた(週刊誌)。これとロビンス病理学教科書、ハリソン内科医学書があれば、医学の勉強はおつりが出た。

大腸内視鏡検査は、大腸のなかにキタナイものがないように下準備するのが大変。おなかにいゝ(消化のいゝ)ものは、だし巻き卵、バナナ、ヨーグルト、ポタージュスープ(具なし)、パン、おかゆ、白身魚の白身のみなど。これ以外はきれいに大腸から外へ流れて行かず、腸内にへばりつくのでご法度。わたくしは1週間、これらばかり食べて、検査に臨んだ。当日は朝から特別な下剤(甘ったるい味)を死ぬほど飲んで、便が透明になるまで飲む。

わたくしの場合はポリープpolyp が8箇だか、あつた。それぐらゐはあるだらうと優に思つてゐたから、検査の甲斐はあつたものである。ポリープの除去を含めて検査費用は保険で3万円。日本はすばらしい国である。欧米にいけば、いくら取られることだらう。国民にはそれでいゝかもしれないが、われわれ医療者の給料が国民の医療費負担並に安くしていゝ道理はどこにもない。大蔵省とその奴隷の厚生省の全職員には、灼熱の鉄槌を下すべきだらう。医療経済はこいつらが一方的にきめて差配する共産主義経済で、我われ医者はこいつらの奴隷なのである。しかし、これは自由主義経済が基本のわが憲法違反ではないのか?

内視鏡医(若い娘。おもしろい娘)「これは少し大きいなあ。3センチギリギリ。入院してやりませうか?」

わ「そんなことをしてゐる暇はない。さつさとチョン切れ」

内「はい! あ、うまく行きました」

わ「さうだらう、さうだらう。ビビつてんぢやない。おそれず、ドンドンやれ」

内「はい!」

ひとつ、内視鏡下に輪切りで首切ったポリープが腸内で行方不明になるハプニングもあつたが、しまひには無事みつかり、楽しい検査は終了した。

わ「センセイ、ありがたう!」

なぜ大腸のポリープを切除すべきなのかといふと、コイツは時間の経過とともに癌化するからなのである。だから早期検査が推奨される。50歳がその目安といふことで、わたくしは酒飲であつたから、医者ぎらひのわたくしもこの検査だけは受けようと、まへまへから考へてゐたわけなのである。

いま、わたくしは春からあつた貧血の息切れからも解放され、うつ病の体調不良からも解放され、元気になつてゐるが、つぎは、十何年以上わたくしと共にある胆嚢ポリープを取るべきなんぢやないかとかゝりつけの主治医から嚇されてゐる。いつもエコー技師が「?!」と所見を得たことに喜んでゐるものである。1センチを超えると危険域らしいが、わたくしのは6ミリなので、まだしばらくは大丈夫か知らん。

また何か将来これについて書くことがあれば報告することにしたい。

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