5月くらゐから、大学受験レベルの数学の勉強を始めて、数IIICを除けば、だいたい全部をカヴァーする程には至つた。
動機は、来年京大受験する息子の手助けができるくらゐには、父の威光を保つためである。(京大の英・国などは屁でもない。たゞし、数学だけは別格)
なんと、息子に甘い父親だらうか、と情けなくもなるが、私がいつもそこのテーブルで数学の計算をしてゐる、大丸横にある「スター食堂」の気のいゝ兄アンちゃん店員(この男子は、最近めつたに見ない好男子で、いつもにこやか、威勢のいゝ、しかし不快でない、ほがらかな声を出すので、百年前の大正時代からもう一度よみがえつて来たのではないかとさへ、私には思はされる。愚痴を私のやうには何ひとつこぼさず、仕事に徹してゐる姿が、周りの若い誰とも違つて、尊くみえる)は、いかにも私といふ老人のしてゐることをふしぎに思つたのであらう、私に由を尋ねて、「なんて優しいお父さん!」と、心からの世辞を言つてくれたので、彼のためには徳としてゐる。「スター食堂」は、ハイシオムライスと海老フライ(どちらも単品で)が絶品であるので、おすゝめしておく(宣伝)。
8月号からは、『大学への数学』の学力コンテスト(略して「学コン」)文理共通コース(Sコース。3題75点満点)にも応募できる程、往年の実力を恢復した。これまでの成績。
8月号。45点。73位/98人
9月号。満点。29位/96人
10月号。60点。50位/82人
サテ、今月11月号なのであるが、私の高校生時代もふくめて、これほど、易しい問題がならんだ例をみたことがない。しかし、これは雑誌編集部のメッセージなのだらう。「おまへたち、いくら数学が好きだからといつても、理科とか、英語とか、他の勉強もしないと、志望校に不合格になつちまふよ。だから、今回は早く、学コンを切上げろ」と。
まへにもどこかに書いたつけ。私は、数学はこの雑誌でしか勉強する気が出なかつた。Z会の分厚い問題集は、えらさうなことしか書いてゐないし(名作とか自画自賛してゐた問題集があつたが、あんなの、嘘もいゝところだらう)、市販のものは、なほさらである。『チャート式』だかゞ流行つてゐたやうだが、あれも軽薄なくせに分厚い。「分厚いものはなべてバカが書いたものだ」といふショーペンハウエルないしニーチェ的直観が私には生来備つてゐたやうである。
ショーペンハウエル(1788-1860)やニーチェ(1844-1900)は、体系的で偉さうにみえる「哲学」(その典型が、ヘーゲルである。いまなほこんな只の政治屋が書いたものを「哲学」として研究してゐる人間、例、加藤尚武、があることに驚嘆させられる)に、虚偽性を嗅ぎ出す天才哲学者であつた。かれらは、「断片 fragments」にこそ、真実は宿る、と信じた初めての哲学者であつた。ともに文学者に似てゐる。私は文学と哲学を区別してをらない。さういふ西欧の文学哲学者に、モンテーニュ、デカルト、パスカル、ラ・ロシュフコー(後世には、芥川龍之介が愛読したアナトール・フランスなど)があり、モンテーニュの枕頭の書が旧約聖書「伝道之書」と知つてからは、西欧哲学といふものは結局、このユダヤ人の智慧にしぼられるのではないかとさへ考へてゐるのである。それ位、この書は、私には、なぐさめである。
さう、なぐさめ。「なぐさめ」といふ言葉の意味がわかるか、諸君? 新聞の紹介する書評欄に載るやうな新刊を読んで感激したゞの、慰めになつたゞの、さういふ文句を目にすると、おゝ、私は吐き気を催す。古典を読んでから口にしろ。おまへの言ふなぐさめがいかに虚偽か…、フン、どうせ、千万言を費やしても、わからないだらうから、これ以上はやめとかう。
『大学への数学』といふ雑誌は、stylish な雑誌であつた。今もさうである。とにかく薄い。解説はシンプル過ぎて不親切である。しかし、それでよいのである。低きにつかうとしてゐない。かといつて、読者を見下してもゐない。むしろ歓迎的である。毎号毎号、記事内容はほゞ極りきつてゐる。しかし、それがよい。いつもキチンとしてゐる。そこに美がある。受験生をどの受験産業(添削業者、予備校、塾)よりも親身に応援してゐる。購買層は、東大・京大・阪大医学部・東京医科歯科大・東京工業大学志望生、その他、旧七帝大、旧制医大志望生にほゞかぎられてゐるが、数学がすきな限りは、だれをも拒まない。こんな自由な雑誌はないだらう。ある種のエリート主義があるのは慥かである。しかし、平等主義にstyleはない。styleは自由と共にある。私はstyleあることに何より魅かれた。まへにも書いたかどうか、忘れたが、私の神戸大学医学部生時代、The New England Journal of Medicineといふ、これも薄い、しかし、美しいことこの上ない、stylishな雑誌がこの世になかつたら、私は医学を修めることができなかつたと思ふ。






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