算術の少年しのび泣けり夏 西東三鬼
算数といへば、この俳句のやうに、こどものころは夏の宿題で困らされたといふ記憶が一般とおぼしく、現にわたしもさうでした。
しかし中にはこれが得意で好きだといふ特異な子があつて、わたしの息子がその部類のやうです。
私「お父さんは、小学校のころは、勉強なんてちつともしなかつたから、算数は大の苦手でねえ」
むすこ「ふうん」
私「がんばつて勉強し出したのは、中学二年の秋、幾何学になつてから。そのまへの単元の一次関数のグラフで50点だつたからこれは悔しいと、つぎはみておれ、徹底的に証明問題に精を出したら、てつきり100点とれたと思ったのに、どこかミスをしたんだナ、98点でねえ、悔しかったよ」
む「やりますね」
私「お父さんは遅咲きで、高校にあがつてからふしぎに数学が急にできるやうになつていつたのだが、よくかんがへると、お父さんは幾何学といふか図形ばかりが得意で、場合の数とか確率、整数の問題はからきしダメだつた。真剣に数をかぞへるなんて、めんどうくさいが先に立つんだね。だいたいでいいぢやないか、と思つてしまふんだ。しかしそれでも東大に合格したのだから、世の試験なんてものは随分といいかげんにできてゐるんだな」
む「アハハ」
私「ホラ、今おまへに教えてゐる問題だつて、かういふのは30歳をたうに過ぎてからもう一度医学部に入るために勉強し直さなくちやいけなくなつて、やうやくまじめに勉強したんだ。おもへば、数学つて、数の学つて書いてあるだらう?」
む「うん」
私「だから数をかぞへる、といふことをゆめおろそかにしちやいけないんだ。それが数学の本道なんだ。しかし、そこをお父さんはきれいに忘れてゐた」
む「アハハ! だいじなところがぬけてゐたんですね」
私「残念ながら、どうやらそのやうだ」
む「アハハ! 油断禁物!」
私「ええと、4つの場所を3つの色で塗り分けるわけだから、たとえば白黒黄色を用意して場所をa, b, c, dとすれば、a, b, c, dの組合せは、aを白とすると、白黒白黄、白黒白黒、白黒黄白、白黒黄黒、白黄白黒、白黄白黄、白黄黒黄、白黄黒白の8通り、aはこのほかに黒でも黄色でもいいのだから、3×8で24通り…」
む「それぢや、ボクのさつきのまちがひの答と同じに…」
私「ん? あれ? をかしいな…。なんでだ、と! あ、3色だから、白黒白黒、白黄白黄は除外しないとダメぢやん。よく見て! 油断禁物! スルト、3×6=18通りとなって、ぶじ正解! ホラネ」
む「イェイイェイ、わーい。お父さん、なるほど、油断禁物ですネ!」
問題を考へる。なんとか解きあかす。いままで知らなかった新しい解法や知識を知る。ただそれが楽しいと無邪気に勉強してゐる息子であります。
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