御礼(6)

また、患者さんから花束を頂いてしまひました。しかし、花束はいつ頂いても、うれしいもの。さつそく花瓶に活けさせていただきました。物をくれる人は定めていい人です*。

不眠を主訴に来院されて、もう通院は七年にもなる方です。単に薬を出して改善するのならば、簡単なことですが、不眠になる原因にはいろいろ背景がございますから、まあ小医との相性も偶たまたま合つたのでせうが、人や社会正義に関して神経質な方ですので、そのへんの話は、純粋には医学を離れますが、社会的、常識的にはどう考へたらよいのか、古来の智慧はこれまでどういふことを教へてゐるのか、さういふ人間、人生、世の中に関する文系的な話を積み重ねるなかで内省をふかめて、徐々に不眠が改善、苦痛ではなくなつてきた方です。

小医が治したといふわけではなく、小医との会話をとほして、じぶんといふものをみなほし、自己治療をしたといふことなのですが、小医にはいつもたいへん感謝されてをられるので、恐縮してをります。

ひとりで考へてゐるだけでは客観的なところがわかりません。また、これは小医でもさうですが、じぶんのことほど、じぶんではわからないものなので、だれか対話の相手があるといふのは、思考を健全な方向にみちびく上でよい方法です。

フロイト先生が始めた精神分析は「おしやべりセラピー」と揶揄やゆされたさうですが、「おしやべりセラピー」にも一定程度、有効性があるのはほんたうのことです。「はい、クスリ」というタイプの精神科医はこれを軽視し過ぎてゐます。

ただ「症状」の改善には、このやうに「時間」をかけた「根気と忍耐」が必要で、そのことの「意味」がわかる人だけ、救へれば。

それ以上には救はうにも救へない、といふのが小医の偽らざる実感であります。

*よき友三つあり。一つには物くるる友。二つには医師くすし。三つには智恵ある友。 (兼好法師『つれづれぐさ』第117段)

 

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