御礼(1)

「もう無理」。

朝やすんでゐた診察室のソファからおきたといふのに、立ちあがる元気も出ず、7月20日の土曜日、たうたう、これは診療を強行すると、まちがひなく途中で倒れるなと思つたので、入院Aufnehmenする判断をとりました。

本当は前夜までクリニックのキッチンに置いてあるコルドン・ブルーのナイフ(切味きれあぢ抜群!)で頸動脈をグサリと突いて死ぬことしか考へてゐなかつたのですが、まさか診察室で失血死することもできないので、理性的判断を何とか保持することができました。

現在のわたくしには、いざといふとき助けてくれる人はひとりもゐないのですが、連絡をしたら、私があまりに痩せていくのを気にかけて、しばらく、週末の夕方お茶を一緒にしてくれてきた前妻が、飛んできてくれて、事務の荒井さんと宇治おうばく病院に入院の手続をとつてくれました。

私にどんな変化が起きたのか、正確なメカニズムはよくわかりません(今後書いていく心算つもりです)。ただその時わかつてゐたのは、私は鬱病で(精神科医が鬱病かよ、と泣きたいきもちであつた)、薬を4月から内服してゐるのに、一向効かず(と友人の医者から指摘されて狼狽ろうばい。じぶんでは効いてゐると思つてゐた)、来る患者さん、患者さんから「センセイ、大丈夫ですか? 水分が足らんのとちやいますか? だいぶお痩せになつてきてませんか?」といろいろ、しんぱいの声をかけられる「屈辱」のほかは、愛する対象を喪うしなはれた自分には生きていく目標がないので、人生が果敢はかなく無意味になつた以上は、もう死ぬしかないといふ思ひ詰めだけで、自分は「狂気」(希死念慮Selbstmord-idee)に支配されてをつて、「これはおかしい」と客観的に判断することは最早できない状態でした。

鬱状態Depressive Zustandには①鬱病Depressionと②躁鬱病Manic-Depressive Irresin(MDI)の2種あり、前者でなければ後者じやろ、といふことで、入院を機に、「先生は後者だと思ひますよ。センセイ、もともと、テンション「高く」生きてきなさつた方ですからね、うふふ」と主治医が診断の宗旨替えをしたとたん、現金なもので、私は入院の初日からグングンよくなつて(私の主観では到底さうではなかつたが、客観的にはおそらくさうであつたらう)、8月14日には退院することができました。(笑)

小医休診の間、京都精神科診療所協会から、弊院は以下の各先生より代診の有難い御援助を受けました。

協会長の奥井茂彦先生(おくい診療所)。

副会長の近藤久勝先生(近藤医院)。

理事の丸井規博先生(まるいクリニック)。

理事の吉田洋美先生(西尾医院)。

皆様、お忙しい所、貴重なお時間と御労力を割いて弊院をお助けくださり、ほんたうにありがたうございました。近藤先生には、私が5年前に過労から微小脳梗塞で倒れました時も、代診のご助力をいただき、ただただ感謝の念しかございません。

宇治おうばく病院では、入院中、病院長の岡正悟先生に主治医になつていただき、薬物治療ではもどかしいからECTをかけろとか、1か月で退院させろとか、最初から難題ばかり持ち出しましたのに、まあまあ、だうだうと穏やかにお引止めいただき、感謝申上げます。

結果としては、ぶじ8月14日に退院Entlassen、19日より復帰、2週間経ちましたが悪化なく今に至つてをります。14日に退院してクリニックに戻った瞬間、「あ、俺、慥たしかにおかしかったわ」と、やっとじぶんが自殺念慮に支配されてゐたことを自覚できました(病識の出現。いまは「死ぬ」なんて考へは跡形あとかたもありません。念のため)。「どうして、自分は死なないといかんと極めつけてゐたんやろ」と。ほんたうにふしぎなものです。

今後、じぶんの今回の「病気」について、考へるところを、折々に綴つづつて行きたいと思ひますので、興味あるかたは読んでみてください。

さいごに、通院中の患者さんの皆様にはいちばんご心配をおかけしました。ごめんなさい。みなさん、小医の復帰をよろこんでくださり、ありがたうございます。

再び肚はらから力のはいつた声が出るやうになりましたし、余談できる十分なパワーも恢復しましたので、今後共よろしくお願ひ申上げます。今回の病気では、これからのじぶんの「人生」について考へることも十分にできましたので、そのひとつにある「文藝活動」として、じぶんだけの楽しみに、これまで以上に随筆を書いていきたいと思ひますから、興味あるかたは読んでみてください。

 

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