病気の説明

病気の説明・各論5

クレプトマニア


クレプトマニアとは、「盗癖」のことです。このことは従来検事がよく知っていたことなんです。主に戦前に生きた検察官が思い出を記したエッセイにそのことを書いているのを読んだことがあります。世間の医者はそうしたことは知らないで済んできたのがふしぎなくらいですが、確かにろくな記載を精神医学書の中に見つけたことがありません。最新の論文を偶々見たらやはり「研究が乏しく、その実態は不明」としかありません。しかし「近年にわかに注目され始めた」とあり、わが診療所も例外ではありません。

1年余のあいだに4人もケースが集まりました。実態は、チョットした万引なのです。所持金がないわけではなく、悪質な動機があるわけでもないのに、くり返しているので、警察や司法当局も対処に苦慮するわけです。背景に、摂食障害、ピック病(前頭側頭型認知症)、頭部外傷による高次脳機能障害など、万引をする理由として、比較的わかりやすい「病名」がついておれば、なっとくもしやすいのですが、そうでない場合のほうが多いと思われます。現に上記4例はそのようなものです。

生活が困窮しているわけでも、ぬすむスリルを味わうためにしているというわけでもありません。もっとも、4人とも何か満たされない人生を歩んできているという印象は共通しています。

なんらかのこころの問題を抱えているからといって、万引をした罪を軽減する根拠にはなりませんが、窃盗罪として機械的に厳罰に処するのも憚られるので、どうしたものかと頭を悩ます現代的問題のひとつになっています。

万引は「満たされない愛情を埋め合わせようとする」甘えの表現なのだという説があり、広い意味では当っていなくもない印象があります。しかし、いづれのケースでも、じぶんの行った行為と責任について、ピンと来ていない表情を浮かべているのが、小医には特に気になるところです。他人事のような顔をしています。これがアルコール依存症の人びとが浮かべる表情に実に似ているのです。じぶんが抱えている問題を直視しようとせず「いいから、いいから」と言う時の表情と大変よく似ています。

小医としては4人を観察して、「葛藤処理の一方法としての盗癖」という仮説を立てています。葛藤処理の一方法として自傷行為がありますが、あれに類するものではないかと思っています。

パーソナリティは、どういう人かというと、①じぶんの心の中の葛藤を消化するのがへたな人です。思いつめやすいか、じぶんでわけがわからなくなり、短絡的な行動をとったりします。②人格的にわがままや未熟性、幼さを抱えている人です。誰かにすがりがちか、或は孤立しています。じぶんだけは大丈夫だと高をくくっています。③じぶんとは別に、他人や世間というものが存在しているという感覚が確立していません。それは同時に、自我も十分には確立していないということを意味しています。「法の侵犯」はここらへんと関係しているのかも知れません。④気はいいひとです。他人のために尽くします。しかし、真の自我は確立していないので、対人配慮が過剰にかたむきがちです。不信感も同時に強いです。自信が欠乏しがちです。

小医は率直に述べました。率直さ以外に、認識が発展することはないと信じています。さらに認識を深めていきたいと思っています。

参考文献
・吉永千恵子「クレプトマニア」精神科治療学33923-82018

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