病気の説明

病気の説明・各論1

インフルエンザ後抑うつ症


風邪をひいた後や、インフルエンザで高熱を出して寝込んだ後、気分の晴れない日々がその後も続く場合があります。初年度では4名の受診患者さんを数えました。

具体的には、もともとメンタルが弱いと自覚している人、不安でパニックを起こしやすい人、ストレスで円形脱毛症を生じたりしやすい人、重い身体的障害で外科手術後、気分が抑うつ的傾向にあるきまじめな人でした。

自身の体調に過敏(心気的)な人に起きやすい可能性があります。

いづれ1~4週間後には自然に治っています。不眠や不安、抑うつ気分が強い時には投薬も効果があるでしょう。

小医にも覚えがあります。救急外来の夜の当直でキツい風邪をもらったのですが、漫然と感冒薬を内服していたら1月経っても治らず、思い切って内服を中止、禁酒してシッカリ休養したら、1~2週間して霧が晴れたように、憂うつ気分が抜けていったのに驚いたことがあります。

高齢者でも、体力の低下とともに起きやすい現象かと思います。風邪を引いたあと、寝込んでしまったのですが、夜、寝汗が滝のように出て、困っているということでクリニックに見えた82歳の媼(おうな)が、私が精神科医になって初めて診た、うつ状態の患者さんでした。口渇、便秘、乏尿もあるとのこと。

「内科疾患の可能性は精査の結果、否定的なら、あとはうつ病しか考えられないな。汗が出た後は寒くてたまらないというから症状としては重い。どれどれ、診療マニュアルを見てみよう。どうしたらいいと書いてあるのかな? ふうむ、トリプタノール10mgを2錠出せとあるぞ。ずいぶんと古い薬だな。副作用はだいじょうぶか知ら? つぎは薬品情報を確認しよう。なに? 発汗? 口渇? 便秘? 排尿困難? なんてこった! それを治そうと思ってこの薬を出すというのに、そんな副作用もあるなんて、奇怪千万。この薬を出して、症状がより悪化したら一体どうなるのだ。このおれが訴えられるじゃないか! いい加減なものだな、医学書は! しかし、マニュアルにはこれを出せ、まづは安全、駆出しのドクターには手堅い処方と書いてある。…ううむ。これ以上考えていたら、媼にあやしまれる。しかたがない。マニュアルを信じよう…」とおそるおそる、トリプタノール10mgを2錠出して、2週間後、ヒヤヒヤした気持で媼に「その後、お加減はいかがですか?」と蚊の鳴くような声で訊ねたら、どうでしょう、「すっかり汗がとまりました」とおっしゃいます。服装も前回よりきれいになって、話をする態度にも落着きが出ています。「寝たきりが歩けるようになり、人と会うのがおっくうだったのもピタリ、治ったのです」とも。

ここで得た教訓がその後の私を今も導いています。診断が正しければ副作用はないのだと(あっても大したことはない)。副作用は診断が間違っているから出るのだと。紙の上の情報だけにらめっこしても実戦的な結論は少しも出ないのだと。しろうとの知識はこの域を出ないので、ふあんだらけになるのだと。頭の上の知識や理屈はふあんを増すだけで何の役にも立たないどころか、かえって有害だと。「経験(に基づく知識)」だけがいかに尊いかということを。また、新薬だけがいいとばかりは限らないと。

私は「ありがとう! トリプタノール!」と、内心、薬効を崇めていましたら、媼はそんな私のあさはかな感激を打ち消すように、静かにこう言ったのです。いったい、どう言ったと思いますか? 媼はこう言ったのです。

「この前、先生と会って、お話できたのが効いたのじゃないのかなと思っております。お話を聞いていただいたのがキット良かったのだと信じております」と。

これを聞いて、私はさらに有頂天になった、ということはありません。それよりも単純にふしぎと思ったのです。感激するどころか、ピシャリと冷めました。「え? どうして?」と。医者は薬が効いたと信じたい人間なのです。それなのに、患者さんからこういうことを言われると意外の念をもつのです。よのなかの人は、それは私の謙遜だと勘ぐるかもしれませんが、けっしてそんなことはありません。この点に関して、科学的見地から知れることは、薬が効くためには何らかの条件が要る、ということなのでしょう。

それは患者さんが薬を信じるということです。半信半疑で患者さんが飲む薬は効くことがすくない。患者さんが薬を信じるためには、前提として、それを処方した医者を信じることが必要だ。患者さんは医者と薬を信じて、はじめて薬が患者さんに薬効をもたらすのではないかと。これを「プラセボ効果」と世間では言うらしいのですが、私はそれを信じません。最初から「プラセボ効果」を計算にいれているような医者は、「どうだい、おれは名医だろ?」みたいな邪しまな気持がある感じがして、信じたくないのです。

中井久夫は、上記のような薬と医者と患者さんの事情に関して、精神科医は患者さんにただ薬を処方するのではない。患者さんには、まづはじぶんという「医者を処方しなければならない」と旨いことを言いました。医者の世界では人口に膾炙(かいしゃ)した名文句です。ここにいう「医者」とは「人間的魅力としての、いわく言い難い何か。どういうわけか信頼と安心を患者さんから自然に引き出してくることができる医者の人格的オーラ」ということなのでしょうが、これは「修養の結果さらに磨かれるべき天賦の才能」ということでもあり、医療とは、偶然と謎に満ちた営み、ということを告げているようです。

ただ、詩人はみずから「自分は詩人です」と語ってはいけない不文律があるように(「あの人は、詩人ですよ」と第三者が評するのはよい)、中井久夫の言葉を受け売りして、じぶんを処方するとか言っている精神科医がもしあるとすれば、お笑い種ですね。

参考文献
・野村総一郎『内科医のためのうつ病診療』(医学書院)
・吉岡成人編『内科外来診療マニュアル』(医学書院)
・中井久夫・山口直彦『看護のための精神医学』(医学書院)

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