病気の説明・各論5−5
クレプトマニア(6)
クレプトマニアは病気ではないので、犯罪が成立する。
(1)もとよりわたくしは法律家ではないので、常識的に考えますが、窃盗罪(万引)は成立しており、違法性を阻却する事由も、又責任を阻却する事由も見当たらないでしょう。
註)刑法上、犯罪は①構成要件(条文)に該当し、違法かつ有責(責任ある)行為と、定義されている。「違法」の概念及び「有責(非難可能性)」の概念に二分して、犯罪の成立阻却事由とする考はどこから来ているか、それについて説明できる刑法学者はいない(笑)。純理で考える限り、公法と私法を二分するローマ法の伝統と同様、科学的見地からは、これは全く根拠のないものである(ハンス・ケルゼン)。
(2)DSM-5の診断基準を楯に取り、「クレプトマニア(窃盗症)」者の責任能力を限定ないし否定する構えをとる医師もある様ですが、噴飯物で、わたくしはこれに与しません。
DSM-5は臨床医にとって聖典とすべき診断基準では決してありませんし、一方、このクレプトマニア診断においては、医学的診断のためというよりも、アメリカにおける司法的判断の堅持(常習窃盗者を処罰から逃さない)のために厳格な基準が設けられているので(DSMは純粋に医学的目的のためだけの診断基準ではない)、25年以上東京地検の嘱託医を勤めている古茶大樹氏がいうように、DSM-5の診断基準Aを緩めるよう提唱している日本の一部精神科医の主張はお門違いも甚だしいものです。
ここは日本です。アメリカではありません。このことについて無知な医師がある(例、竹村道夫氏、吉田精次氏ら)ため、無用の混乱が生じています(文献5)。
DSM-5から議論を始めるという医師の姿勢が、そもそも、わたくしには、苦笑の対象でしかありません。
(3)窃盗症の人は、万引行為時のことをあまりよく思い出すことができません。大概が記憶がハッキリしていないのです。なので、行為当時、本人に理非善悪を弁別する能力がなかったから責任がないという理屈が成立ち得ますが、こんなものは取上げる気にもなれません。
行為前には本人に意識がシッカリあったはずなので(原因において自由意志がある。善行に向かうも悪行に向かうも自由)、たしか「原因において自由な行為(Actio Libera in Causa)」は、本人が責任を負わねばならないという、この種の理屈を否定する尤もな刑法理論があったはずです。
そして多くの万引者において、この刑法理論はあてはまります(有責)。いづれ、こういうのは屁理屈なので、法律学者のぎろんに委ねますが、意識を明瞭に喪失しているとは到底思われない事実の観察から、わたくしは、上記の刑法理論を支持します。(つゞく)

