病気の説明

病気の説明・各論5−1

クレプトマニア(2)


開業後、いわゆる「クレプトマニア(窃盗症)」に関する電話連絡を受けることが重なっている。ホームページに小文を書いたせいである。これまでの総計で低く見積もって50件前後(実際の受診例は10例超)か。

ひとくちに「クレプトマニア」といっても、さまざまなタイプの人があると思われ、一括して語ることはできないと考えさせられている。ここでは次のように類型化できる1タイプがあると思われ、提示する。

人生に対する不遇感をもっている。不遇感を刺戟されることがあると、それに対する反応として、社会的に黙認し得べき行動をとれる人は、なんの問題にもならないわけであるが、なかに社会的に看過し得ない「非行」を行う人がある。「非行」にヴァリエーションがある。わかりやすい例は、自傷である。他人に反撃できないタイプの人は自分の身体を傷つける(自分を攻撃する)ことで「癒し」(攻撃欲の解消)とするのである。

おとなしく見えてもいざとなれば人間はいくらでも豹変するものだ。それくらい人間のもつ攻撃欲は強い。それを忘れてはならない。

例えば、私はつねに人に裏切られるという不遇感を抱いている人があるとする。恋人が新しくできて喜んでいたら、浮気された。裏切られた経験の重なり。これに対して自傷行為をすることで、新しい恋人への不満、悲しみ、怒りといった感情を解消するのである。これは救急外来など、医学の臨床現場では日常茶飯の例である。あきらかに女性(若い娘)に多い。

どうして手首をカッターナイフなどで傷つける行為が「癒し」となるのか。そういう行為は当然怖い。しかし恐怖と緊張は、いま自分が味わっている哀しみと怒り、屈辱と絶望という「現実」を瞬時「忘れさせて」くれる。頭を「真っ白」にしてくれる。この「忘却」作用こそが癒しなのである。一種のエクスタシー。しかしある種倒錯したものといえる。これは情けないじぶんを自分で罰する意味もこめられているのであろう。倒錯した快楽。

「クレプトマニア」もこの種の「非行」のひとつではないかと推測している。他人の所有物をぬすむことは、じぶんの不遇感を刺戟されたことから生ずる反撃慾を満足させるのである。

小医の経験した1例を挙げよう。これは忘れられない症例である。久々に街で邂逅した同級生と茶飲み話をした。しかし同級生はいかにも幸福そうであった。また裕福そうでもあった。じぶんの家庭生活の現状がいかにも惨めに思わされた。それに刺戟されて、帰り道、衣服などを万引した40代女性がある。

実母は神経質な教育ママで、母の期待に応えることはできなかった。一方、妹は成績優秀で、母の自慢の娘となり、じぶんのお株を奪われた。見合いで結婚した夫は愛情の薄い男で、面白みもなく、給料も薄給で、人生の不遇感が強い。これまでにも3回の機会的万引例がある。

この「やつあたり」「うさばらし」ともいうべき「非行」は、法規に抵触するために「問題」となる。この種のタイプの「クレプトマニア」にあって、万引は上記の次第で機会的である。自分の不遇感をさいなむ刺戟が誘因となるので、散発的にくりかえされるにとどまる。

しかし「クレプトマニア」には歯止めの利かぬくらい、いわば「狩り」の感覚でほぼ毎日万引に及ぶ者もあるが(背後に慢性的なストレスがある。「慢性的」というからにはたいてい「家庭」に根の深い問題がある)、そのときどきにある偶然の刺激で万引に及ぶタイプのほうが、目立たぬ分だけ、「暗数」として、遥かに多いだろうと思われる。摂食障害と「合併」して派手に万引するタイプの「クレプトマニア」だけに焦点を当てているような医者やマスコミ、弁護士などは、商売、流行に乗っかっているだけではないのかと思わされるフシがある。

患者が小心であることは、万引額が比較的少額で、「必要性」に疑義を抱かせるものをぬすんでいることでも知れる。真っ向から秩序に対立できるほどの胆力はない。事件後はしきりに謝罪することが多いのもその証拠である。根は善性である。「チョット反抗してみました」「これくらい、いいでしょ」程度の児戯、甘えに属する心性が働いている。「自他の別」その境界をあいまいにする精神的抑制力の低下が働いている。高齢、独居、ないし元々の性格の幼さ、わがまま、未熟さ等、環境適応力の脆弱さが背景にあることが多い。動機は常に不明である。「不明」なのは本人がそうしたいからである。それほどに「不遇」「自己憐憫」の気持が本人には強力に働いているのである(防衛心理)。

じぶんのこころの動きについて率直に直視できるほどの「強い」「幸福な」人はそもそも万引をしないのである。だから「クレプトマニア」はなべて自己省察力に乏しい「弱い」「不幸な」人である。「あなたはクレプトマニアという「病気」なんだよ」と言うことが、盗癖者の一部には「治療」の端緒となることがあるのは、責任を自分ではなく「病気」に転嫁できるためである。自己省察には不十分だが、「病気」と客体化することで、自分を見つめ直すきっかけとなっていることが多いように思われる。ただ、自己省察が不十分なままにとどまっているので、たいていの場合、「じぶんのした行動」への自覚、責任感が薄く、他人事のような顔をしているのが特徴的である。これも「防衛心理」(フロイト)のなせるわざだろう。惨めな現実に直面すれば、じぶんが情けなくなるからである。わかりやすくいえば、欺瞞に固められた「強がり」である。

防衛心理の鞏固さは、わたくしが日日臨床で経験しているところである。それは実在する。

 

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