30年目の発見

『眺めのいい部屋』サウンドトラックCD。ルーシー(ヘレナ・ボナム・カーター)とジョージ(ジュリアン・サンズ)。

その昔、私にも、若い頃があって、21歳の時、新宿の深夜上映で、初めて見てから、ビデオやDVDでも、くりかえし鑑賞してきた映画に、『眺めのいい部屋 A Room With A View』があります。

もう、何度見てきたか、わかりません。…しかし、ごく最近に至るまで、気づかなかったのですね。この映画のある本質に!

ストーリーは、英国の中流上層階級に属するルーシーという娘さんが、イタリアのフィレンツェに旅をして、宿泊した宿で、同じ英国人ではありながら中流下層階級に属する、エマソン父子と出会い、息子のジョージと恋に落ちます。

しかしそれは旅先での一時的な恋であって、ルーシーは英国に戻ると同じ階層に属するセシルという紳士と婚約します。

しかし、このセシルは、「本にしか向かない no good for anything but books」人間で、「人の気持がわからず can’t know anyone intimately」、書物や絵画なら問題ないが、「ひとたび人間相手となると駄目な輩 kill when they come to people」なのでした。

映画では、気取屋で、世間ずれしていて、人間や世の中というものを理解できず、万事うわつらだけの、身のこなしもぎこちなく、不器用なこの役柄を、ダニエル・デイ・ルイスが、じつにコミカルに好演していました。

ルーシーは、セシルとの婚約を破棄したあと、じぶんの気持というものがわからずに、ふらふら無益に迷いますが、真実一途のエマソン氏に、あなたはジョージを愛していると直言されることで、じぶんの真情に初めて気づき(she saw to the bottom of her soul)、めでたく二人は結ばれるというものです。

さて、セシルが、アスペルガー特性をもった人であることは、余りにも典型的であるために、たやすく見てとれると思うのですが、アスペルガー特性をもった人には、他にもいくつかタイプがあって、このことがよく知られていません。

うっかり、人の性格ということで見逃してしまいがちですが、ジョージの父のエマソン氏も、アスペルガー特性をもった人であることは、明白です。

ジョージの父のエマソン氏は、「世間的なしきたりをしらず has no tact and no manners」、「思ったことを口にして will not keep his opinions to himself」、周囲と知らず、衝突をくり返します。そもそも目には見えない存在である神などは、信じていないのです(he is an irreligious man. これは当時の欧州社会を考えると相当ショッキングです)。

当時のやかましい男女間の性モラルも無視して、ルーシーたちがとった宿の部屋から、アルノ川が見える風景が見えなければ、それが見える自分たちの部屋と「交換しましょう」と、率直に申出たりします。

また、同泊の女性が食堂でレモネードを飲んでいたりすると「胃 stomach」に悪いからおよしなさいと言ったりして、周囲をびっくりさせます(当時、体の部位を示す語を使うのはタブーとされていたため)。

寺院見物に出かけたときは、ジオットーの壁画を率直に、大きな声で評して、そのすばらしさを説明する英国国教会の牧師さんの機嫌を悪くさせたりします。

いづれも、悪気があっての言動ではないのです。親切から出た言動なのに、「うまくtactfully」できないために、周囲の反感を買ってしまう。

小説ではエマソン氏の目は大きく、子供っぽいところがあり、声も大きいとあります。これは、私の臨床医の経験上、いかにも、アスペルガー特性をもつ人にはありがちな特徴なので、長く買ったままで一瞥すらしなかった小説を実際に読んでみた時は、ほんとうにびっくりしました。

アスペルガー特性については、遺伝ということが、かなりの意味をもちます。父にアスペルガー特性があるのなら、息子のジョージにもあるはずで、そういう目で映画と小説を今いちど見直してみると、実際に、たくさんの特徴を見て取ることができます。

容貌に喜怒哀楽が比較的乏しいこと。

無口であること。

父と同様、言いにくいことを時に口にすること(部屋を交換してもらったことに感謝したいと言ってきたルーシーのお目付役に、「父はいま風呂に入っています」などと、その当時としては、婦人が赤面してしまうことを平気でいう)。

「宇宙が調和していない The universe wouldn’t fit」と、まじめに気鬱になっていること。

たやすく気落ちすること。「いつもわずかのきっかけで弱るのです。生きていても仕方がない。何もが無意味だと It was always touch and go. He will not think it worth while to live. He will never think anything worth while」。

アスペルガー特性を持つ人には、「おとなしい」「目立たない」タイプの人があるということが、いまだよく知られていないと思います。こういう人たちは、ささいなことで、深く気落ちするために、うつ病に間違われたりします。

哲学に興味をいだく人も少なくありません。「世の中にどうして競争というものがあるのか?」ということを真剣に考えていた中学生のアスペルガー少年が実際にいました。

さて、アスペルガー特性をもった人は、アスペルガー特性をもった人と、魅かれあうことも多いです。組合せとしては、積極的なタイプと消極的なタイプでペアになる例を散見します。

アスペルガー特性のひとつに、じぶんのこころのありかがつかみにくい、ということがあります。じぶんの気持くらいじぶんでよくわかったものだろうと、普通は考えますが、アスペルガー特性をもった人は、「わからない」と、他人にじぶんの問題を、かんたんに丸投げすることが、ままあります。

小説においては、主人公のこころの動きを追いながら、主人公の成長を読者がたどるという伝統的な形式があり、そのために、ルーシーは意図的に、じぶんの感情をつかみにくいという風に設定されているとも見えますが、映画において、この点が長くずっと、私に「ふしぎな映画である」という印象を抱かせ続けてきたのですが、実際に、ルーシーは迷う人として、小説に描かれています。

イタリア旅行に御目付役として、ルーシーと旅を共にしたシャーロット(映画ではマギー・スミスが演じています)は、何かと迷って、へまばかりしているので、「かわいそうなシャーロット」と家族の皆から半ば同情、半ば嘲笑されているのですが、ルーシーの母親が娘に「あなたたち二人は似てるわねえ」と言うのです。

「似てるわねえ。えんえんあれこれ悩んで、とどのつまりは、いつまで経っても、決められず、おまえたち二人ときたら、まるで姉妹みたい。Well, I see the likeness. The same eternal worrying, the same talking back of words. You and Charlotte …might to be sisters」。

また、ルーシーは、セシルと婚約していたときに、セシルからキスを願われても、万事事務的(businesslike)で、男性のきもちに配慮した女の情感に乏しいところがあり、こういうところも、アスペルガー特性としては、気になるところです。

主人公の4人に、アスペルガー特性あることを、30年も経って発見して、ようやく、この映画の「謎」から私が解放されたということは、私の精神科医としての人生には、実にふさわしい事件のように思えてきたことです。

ひさしぶりに、日本語の小説も、英語の原書も、読んでみました。買うだけ買っておいて、良かったなり。

なお、近いうちに機会があれば、文豪谷崎の『細雪』(昭和21~23年)について、精神科医の目から見て、気になるいくつかのことを書き綴ってみたいと思っております。

おたのしみに。

 

 

 

 

 

 

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