病気の説明

病気の説明・各論8

未熟神経症・未熟適応障害


上に示した「病名」は、医学教科書のどの頁を開いてみても、載っていない、小医ひとりの勝手な区分けなのですが、日々のしごとを行う上では便利かつ実際的な分類なので、医者稼業をはじめていつからか、愛用しているものです。

精神疾患は、アルツハイマー病など内科的疾患と同等の精神疾患および内因性精神病(うつ病、躁鬱病、統合失調症)を除けば、ひろく「神経症(ノイローゼ)」と呼ばれるものであり、ここでは「個々人のタイプ分類」があるだけなので、私なりの分類も学問の正統に則っています。

伝統的にある「神経症」の分類も、症状を中心に、きわめて大雑把に、「不安」神経症だとか、「強迫」神経症、「パニック」神経症、「心気」神経症、「抑うつ」神経症などと呼び分けているに過ぎないので、パッとみて「幼い!」という第一印象をあたえる一群の人びとを「未熟」神経症とグルーピングしたとして、まったく問題はないだろうと思っています。

ハッキリ言いますと、基本的に「病気以前」の若い娘たちです。不必要に「病人」の数を増やさないようにと思って、この分類を用意しています。

神経症圏の治療にあっては、その人のお人柄をつかむことが一番重要なので、もっともらしい医学用語をつけるより、その人の人となりを直感的につかみやすい「病名」がよいと思うのですね。

女性患者の診察で、私が観察しているポイントをここに開陳しますと、待合で呼び出した時の顔の表情や顔つきですね。反応がうすくないか。物憂げでないか。活発かどうか。愛想があるかどうか。ナマイキそうか否か。付添人の有無。つきそいがあるとして、付添に依存的か否か。診察室に入った時の戸の閉め方。閉めわすれがないか。かばんをどこに置くか。対人距離が遠いか近いか。放つ雰囲気が硬いか柔らかいか。色っぽく女性的か『天然生活』モデルのように中性的か色気というものがまるでなく男性的か。年齢に比して老けているか相応か幼いか。瞳が大きいか小さいか。視線のうごきに妙なものがないか。美容整形していないか。アイシャドーの色。口紅の色。眼鏡フレームの色合い。メイクをきちんとしているか。ピアスや刺青、リストカット痕の有無。髪型。染めているか黒髪か。染めているとして色の選択は社会的年齢的に相応か。容貌や体格、身のこなしがボーイッシュかガーリッシュか。美人か否か。表情はとぼしいか豊かか大げさか。会話の場面にあわせて適切な感情の表出があるか否か。服装のオシャレ度が高いか低いか。上衣、スカート(パンツ)、靴、靴下、かばんの色合わせ、デザインのセンス。カバンやスマホにどういうアクセサリをつけているか。肌の露出が度を超えていないか。イヤリングやネックレスなど、装身具の有無。つけている香水の有無。ネイルアートの趣味加減。イキナリ話し始めてくるのか事前の挨拶はきちんとできるのか。声が大きいか小さいか。声のトーンが平坦かどうか。声の出し方やしゃべりかた。要点をしぼって話せるか。双方向で話せるか。じぶんの考えを示せるか。意志決定能力が十分か。自己の言動に対する世評を的確に認識できているか(良識の有無)。小医の話の理解にギクシャクしたところはないか。身振り手振りが多いか少ないか。問診表の記載に誤字がないか。ひらがなが多すぎないか。問診表にどれだけ書き込んでいるか。ぎっしりか適切か少なすぎるか。訴えはまとまった文章になっているか字句の羅列に過ぎないか。両親きょうだいの年齢は書けているか。生年月日がいえるかどうか。職業はなにか。家族への関心がうすくないか。日々どんな生活をしているか。人生に対する姿勢、考え方、選択した職業、その適応の上手へた。人のすききらいは強いか否か。ファッションやカラー、アートが好きか。絵を描くのが好きか。…

「目は口ほどに物を言い」と言いますが、ほかに、髪型、化粧、服装、持物も同じくらい「物を言い」ます。「患者の姿を髣髴とさせるカルテ」が古来よいカルテとされています。だから丹念に書きこみます。

精神科医の診察とは、詳細に上記したように、要は「言葉を使った患者デッサン」です。毎日毎日「患者人物画」を飽きることなく描いているのが精神科医です。描けば描くほど腕は上がりますし、観察眼もするどくなります。大雑把な観察では何も見えません。みんな可愛いねと安易に美化することなく、厳しい乾いた目線で、細かく細かくリアルに見ていきます。すると、モデルの人がらは、奥行きをもって、おのづと立体的に姿を現してくるように思われます。

主訴で多いのは「不眠」「うつっぽい」「心がしんどい」「やる気が出ない」「涙がこぼれてとまらない」「どうしていいかわからない」「死にたい」といったところでしょうか。

タイプとして、甘えん坊は末っ子に多いですかね。わがままは長女ないし一人っ子に多いです。年齢に比して明らかに幼いと見える容貌や服装が決めてです。砂糖菓子のように可愛らしい娘。そぼくであかぬけない娘。ツンとして見るからにナマイキです、ワガママですと顔にハッキリそう書いてある美人娘。これらが代表的な3タイプでしょうか。職業はさまざまですが、めだつのは、保母(保育士)さんです。あきらかに突出しています。かばんや携帯などに、もこもこした材質のぬいぐるみマスコットがついていると、幼さは確実です。なお精神年齢が幼い人は、いい加減いい年をした中高年のなかにも結構あるので、笑えない話です。

細かく分類すると、以下の9タイプほどあります。「未熟」神経症の人はこのうちのどれかに分類することができると思います。複数に当てはまっていることも少なくありません。

①泣虫。何かあると、泣く準備をしている。

②弱虫。  (1) ひ弱。厳しい事態に直面できない。
(2) いじめっ子(厳しい上司など)に立ち向かえない。対人関係に弱い。
(3) 自力でじぶんの道を切り開けない。弱力性。能力不足。孤立傾向。

③わがまま。(1) 人の好き嫌いが強い。
(2) じぶんの思い通りにならないと不満。
(3) じぶんの取った行動に責任をとらない(とれない)。

④甘えん坊。(1) 自立できない。庇護者(母親、配偶者)なしには生きられない。やることなすことぜんぶ庇護者まかせ。他者依存性。
(2)じぶんで決められない。

おとなの社会は、性格が円満で、忍耐づよく、じぶんのことは他人にたよらずじぶん一人で考え、決断し、行動でき、その結果についても責任をじぶんで取れる人を前提としています。この原則を、個人主義とも自由主義ともいいます。このあたりまえの原理原則をあらためて説くことが、患者への「精神療法」になる場合もあるというのが、いつわざる現代ニッポンの実情です。

なお、上記③④の「わがまま・甘えん坊」がめだつ人びとの中に発達特性をみとめる人がすくなくありません。

参考文献
・古茶大樹、針間博彦「病の『種』と『類型』、『階層原則』 精神障害の分類の原則について」臨床精神病理31巻7-17頁2010年
・芝田寿美夫「精神療法の準備運動」臨床精神医学36巻1365-70頁2007年
・笠原嘉『精神科における予診・初診・初期治療』(星和書店、2007年)

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