いにしえを慕う

精神医学をまなぶ(2) 2021.5.1. いにしえを慕う

研修医の二年間を終えて、精神科医になることにした私がどのように精神医学の勉強を始めたか?

百年余の歴史を誇る由緒ある精神科病院のラウンジで最初に見つけて手に取った本は「医局」のハンコが押された『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン 新訂版』(医学書院)であった。

これはWHO(世界保健機関)が作っている診断マニュアルで、すべての精神障害をF0からF9までに細分・分類してある。日本でも国・都道府県・市町村が作れという行政書類にはこの本に出てくる番号を附せと医者に言ってくる「権威」をそなえている。

しかし、脳卒中や、心不全、肺炎、腸閉塞や慢性骨髄性白血病、悪性リンパ腫、脊柱管狭窄症、大腿骨頚部骨折(…これらは総合病院に入院してくる年寄に多い病気を思いつくままに並べただけである)を、WHOのマニュアルで診断しろ、などといった話を聞いたことはないから、これは実におかしなことであると言わなければなるまい。

ここからわかるのは、ほんとうのことを言えば、「医者」の数に入らぬ精神科医ごときの診断なぞ、あいまい極まりなく、アテになるものではない、というあきらめである。

しかし、そんな頼りない精神科医でも、経験のある医者ならばそうそう診断のわかれるはずもないのだろうから、小さな相違をとがめるこのようなやり方は、角を矯めて牛を殺すようなやりかただろう、と私は考えた。こんな胸糞のわるいマニュアルができる前に、精神科医は伝統的に病気をどのように診断してきたのであろう?

けちなものを見た時は、おおきな展望の下に立ち帰らなければならない。

医学は確かに進歩しているのであろうが、にんげん自体はこの何万年もの間、「ホモ・サピエンス」のまま、すこしの進化もしていないのだから、少々「古い」ものでも、それで新米医者が学び始めるには十分間に合うはずである。

《日の下したには新あたらしき者ものあらざるなり》 

そう思って、次に手をのばしたのが、西丸四方著『精神医学入門』(南山堂、1949年初版、2006年25版)である。これを読んだら、「ア、ナルホド」とあらかたすぐに精神医学の核心がわかってしまった。味読すべき内容で読むに足る。おそらく今にいたるまで、これを上回る出来の精神医学教科書は国内でうまれていないと私は思う。

文献

1 『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン 新訂版』(医学書院)

2 旧約聖書「伝道之書」

3 西丸四方『精神医学入門』(南山堂)

 

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