1914年。わかき兵士たち。Young men, soldiers, nineteen fourteen.
いまだ見知らぬ異郷をマーチする。Marching through countries they’d never seen.
担ぐライフルにも慄おのゝく。これは茶番か。Virgins with rifles, a game of charades.
若き兵士の聖戦に万歳三唱。All for a children’s crusade.
ゲームの駒は偶然の犠牲者に非ず。Pawns in the game are not victims of chance.
ベルギーとフランスの戦場に散つた Strewn on the fields of Belgium and France.
わかものに花を捧げたい。人生を無惨な死に引換えたわかものに。Poppies for young men, death’s bitter trade.
人生を裏切られたすべてのわかものに。All of the young lives betrayed.
イングランドの地にうまれた者が奴隷になることはない。The children of England would never be slaves.
しかしこれらの若者は鉄条網に囚はれ、波に洗はれて死んだ。They’re trapped on the wire and dying in the waves.
英国の花は泥に顔を埋めた。The flower of England face down in the mud.
全世代が血に染まりしこと、哀しきや。and stained in the blood of a whole generation.
でぶの大将たちは前線の後に立つて安穏としてゐた。Corpulant generals safe behind the line.
歴史の教訓は美酒のなかにかき消えた。The history lesson drowned in red wine.
戦死したわかものに花を捧げたい。人生を無惨な死に引換えたわかものに。Poppies for young men, death’s bitter trade.
人生を裏切られたすべてのわかものに。All of the young lives betrayed.
若き兵士の聖戦に万歳三唱。All for a children’s crusade.
イングランドの地に生を享けた者が奴隷になることはない。The children of England would never be slaves.
しかしこれらの若者は鉄条網に囚はれ、波に洗はれて死んだ。They’re trapped on the wire and dying in the waves.
英国の花は泥に顔を埋めた。The flower of England face down in the mud.
全世代が血に染まりしこと、哀しきや。and stained in the blood of a whole generation.
真夜中のソーホー地区。1984年。戸口でヤクの奴隷になつてゐるわかものたち。Midnight in Soho, nineteen eighty four. Fixing in the doorways, opium slaves.
わかものに花を捧げたい。悲惨な人生を送るわかものに。Poppies for young men, such bitter trade.
人生を裏切られたすべてのわかものに。All of the young lives lives betrayed.
かれらの人生に一掬の同情を。All for a children’s crusade.
スティングは、1980年代の若者たちの英雄であらう。何よりカッコイイし、その声のすばらしいこと。「声」は唯一無二の楽器である。プロはすべからく「クサく」なくてはならない。どこをみても、その人の「ハンコ」が押されてゐなければ「プロ」ではない。際立つた個性のあるものが「プロ」で、これを欠落してゐるものが大衆である。大衆は定義からしても、無臭無能の人である。スティングの作品はすべて、その「声」で成立つてゐる。「スティング印」が付きまくつてゐる。
日本でTVに出てゐる芸人は、「タレント」の異称をもつてゐるが、才能なぞ、むろんないし、面白くもない。「面白さうな」人に過ぎない。しかしほんたうに面白い人は、一見、面白くもなんともなさゝな人なのである。わたくしは「面白さうな」人を悉く憎む。
1985年の作、The Dreams of the Blue Turtlesは、全曲が名曲で、今も色褪せぬ。
大正3年に勃発した欧州大戦(第一次世界大戦)で、日本には、株成金が生まれた丈で、近代戦争における戦死の悲惨さが身に沁みることはなかつた。これがのちの第二次大戦での日本の大敗戦(対ソ中立を前提に、対中、対英、対米とどこまで戦域を広げるねんといふ無謀な戦争を、今も「大東亜戦争」とか言つてゐる)に繋がつてゐると、昔東大の授業で聴いた。今は亡き高橋進先生の講義であつた。当つてゐると思ふ。その日の講義の高橋先生の風貌は今でも思ひ出せる。薫風の吹く陽光明るき日であつた。わたくしは窓際のいちばん前の席で聴いてゐた。高橋先生は痩せてひょろひょろした永遠のわかものといつた風で、勉強のし過ぎで早死にしたのが惜しまれる。字の四角い人であつた。
さいきん或人(美人)がヴァージニア・ウルフVirginia Woolf の『ダロウェイ夫人 Mrs. Dalloway』といふ本(訳本)をわたくしにくれて、「お読みなさい」といふので、読んだ。文学史において、ウルフは「意識の流れ」といふ近代文学の新しい文体を創出したということになつてゐるが、モダニズムといつても、要は、J.D.サリンジャーないしウッディ・アレン風の「冗舌体」で、もつと簡潔に書けと最初は退屈に思つたが、読み進める内に、第一次大戦後の英国の生活の一部を追体験できる、無二の歴史小説とわかつた。これはさういふ意味でわたくしには傑作であつた(詳しい話は後日書く機会があるかも知れない)。悲惨な塹壕戦のなかで統合失調症を発症し自殺する若者や、それを見抜けぬ藪の開業医、一発でそれと見抜く名医が出て来て、この点も興味ぶかい。精神医学は、第一次世界大戦を経て大きく知見を広げたのだが、そのことも、教養を欠くヤブの多い日本の精神科医は、ほとんど知ることがない。だから、わたくしはたいてゐの医者がきらひである。
children’s crusade は、詩語。直訳はできない。してゐる人は愚かであらう。こゝに描かれた従軍兵士の死は、事実そのものである。
rifleの語は、容易にチャップリンの名作映画『担へ銃』を思ひ出させる。この映画の時代背景は欧州大戦である。チャップリンはライフルの扱ひが下手で、観衆の笑ひをあつめた。
Poppies for young men. スティングはごくサラリと歌つてゐるが、シンプルなだけに、感涙の止まらない歌詞である。わたくしはイギリスに行つたこともないし、第一次世界大戦を経験したわけでもないが、こゝを聴くと、昔から、涙がながれてとまらない。
The children of England would never be slaves.
これも有名な詩句といつてよい程のもの。モーツァルトのオペラ『後宮からの脱出』の中にさへ出てくる、由緒ある言葉。英国の召使の女が歌う歌詞もさることながら、それに付したモーツァルトのメロディーも、涙がでるほど、大変うつくしい。「自由の国」といふ誇りがイングランド人にはある。この毛唐共は、海賊から出發して七つの海を支配した勇気がある。戦国時代の日本人は同じ気風をもつてゐたのを、あの平和主義者、徳川家康が根絶やしにしてしまつた。わたくしは徳川家康を憎む。徳川時代をPax Tokugawana とかいつて礼賛してゐる文化人があるが、正気か? 明治、大正、戦前昭和は「自由」がまだあつたが、戦後日本には「平等」と「他人への妬み」の尊重といふ奴隷根性しかない。日本国憲法をなんとなく、いゝものだと信じ込まされてゐる日本人が多いが、それこそが、奴隷の証拠といつてよい。その布教を絶やすことのない東京大学法学部は、即刻解体されるべき非国民組織だが、それはまた別論である。わたくしは戦争をにくむが、こまつたことに、平和も亦憎む。






