バジル・ウォータ

近所の八百一といふスーパーマーケットが、毎年春ころ顧客にバジルの苗を只で呉れる。わたくしは要らぬ顔をしたが、持つて往けといふ顔付を店員がするものだから、つひ貰つてしまつた。

貰つたからには育てねばならぬ。近所に園芸屋もあればこそ、そんなものはないので、花市で陶器の鉢を買ひ求める。貫入かんにゅうのある青緑が美しい。

土を盛つて、毎日水をやり、肥料をやれと手引書はいふが、園芸屋が近くにないのだから、茶滓を肥料とする。煎茶をいれたあとの茶滓を蒔くのである。之に栄養のない筈がない。第一、わたくしは一等の煎茶しか飲まぬ。

夏の冷水に清涼を添へるものとして、檸檬シトロンがある。一そぎ、水指に入れると、香がついてよいものである。近所のラーメン屋「ムギュ」ですら、客にサービスとしてやつてゐる。むかし、鬱病が治つても碌に遠くまで歩けないころ、詮方なく毎日午はこの店でラーメンを啜つてゐた。いまはもう二度と行かない。

むかしの女に教へてもらつた智慧に、バジル・ウォータがあつて、これも夏の冷水の香づけとしてよいものである。作り方は至つて簡便で、水を入れたペットボトルに、茂つたバジルの葉を適量毟つて、詰め込むだけである。数時間もあれば出来る。

先日、うつくしい年上の御婦人と、御午、フランス料理の会食をした。服装から趣味から、わかいころからセンスのよい方で、たとへば、ジャン・コクトオを愛してゐた。「耳」は、人口に膾炙したものだが、之をいちど聞いて忘れられる人があらうか?

わたしの耳は貝の殻 海の響をなつかしむ 

詩人のコクトオは、パリ社交界の花形舞台演出家で、彼の手にかゝる劇が明けなければ、パリの華やかな夜は始まらないのであつた。『ドルジェル伯の舞踏会』を書いたレイモン・ラディゲを愛して、彼が夭折すると、哀しみから立直れず、阿片に耽溺し鬱病になつた話は有名である。

女性との会食でわたくしはをんなに金を払はせたことがない。しかし今回は年上の方なので困つた。割勘で行きませうよと仰るがさうは参らぬ。しかしわたくしが全部払つて御婦人の顔をつぶすわけにもいかない。長幼の序といふ観念はわたくしにおいて、まだ滅してはをらない。「お姉さまにはお食事を奢つていたゞいて、白ワインはグラスと言はず、ひとつ、モンラッシェのボトルを頼みますから、それをわたくしが持つといふことでいかゞでせう?」といふことで議は決したのであつた。むろんモンラッシェは、ブルゴーニュワインで一等高い白ワインである。

ワインも料理も、美味このうへなく、談論の風発したことは云ふまでもない。昼の酔ひ覚ましに、わたくしがどうぞと差上げたのが、バジル・ウォータ。もちろん悦んでくださつた。お茶会の御遊びもしたのだが、それについては畧す。「わたくしの御茶席」と題して、これについては別に書くつもり。

わたくしは気むづかしい丈の男ではないのである。

お盆は、糸目朱縁丸膳(野田行作写)。辻留で使はれてきたものである。これを超える盆を見つけるのは至難であらう。出帛紗は、「ミッフィーのたからもの」。龍村美術織物製。立湧文様の中に宝尽文とミッフィーがあしらつてある。龍村の大人気商品。クーペのグラスは、フランス19世紀のアンティーク。四条通のル・ノーブルでもとめた。みどりの古帛紗は、子年の縁起物。龍村美術織物製。

 

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