病気の説明・各論5-16
クレプトマニア(17)
窃盗症「クレプトマニア」について(続き)
7)「ストレス」源は具体的にどういうものか。
ストレス源は多く家族内にある。なので、ストレスには慢性的に晒されている。従って、万引が頻繁になりやすい。例、夫婦仲の悪さ(どちらかがかなり攻撃的)。適切な愛情、おもいやりを示さない夫。夫の暴言暴力。子育ての大変さ。子育てを手伝ってくれない夫。孤立無援状態。人の悪口ばかり言う舅。姑との不仲。じぶんを一番に愛さない母への嫉妬(摂食障害者は母の愛情を独占したがるという古くからのゆうめいな指摘がある。文献2, p.59)。喧嘩ばかりしていた両親。じゅうぶんな愛情をくれなかった(くれない)両親。心理的距離のある両親。無能なだけの両親。有能な兄弟姉妹と比較して生まれる絶望。無能な自分への悲嘆。自殺願望。家計管理(金銭)に細かすぎる夫への恐怖。粗暴な夫への恐怖。親しい友人との別れ。夫の死。母の死。息子の自殺。定年後居場所のない家庭。「喪失感」「孤独」は、非行のおおいなる引金となる(同旨、文献8 p.116-9, 179-81)。
不幸な人生にも重なる。結婚生活の失敗。「幸福」がついに得られなかった人生。我慢することばかりだったつらく、むなしい人生(同旨、文献3, p.92)。他には、じぶんの業績を認めてくれない職場。学校不適合。学級での孤立。職場でのうち重なる叱責。職場の多忙と重責。数え上げるとキリがないが、上記はだいたい自験例から引いた。吉田精次氏が自著『万引がやめられない』(金剛出版、2020年)にあげる事例(p.81-95)もほぼ似たようなものばかりである。吉田精次氏とわたくしの臨床経験における類似性は、軽視できない(なお、文献8にも類似症例多数)。
8)窃盗症の発症メカニズム
窃盗症者は慢性的に上記のストレスにさらされている。ストレス源が主に家庭にあるのだから、これは容易に首肯できることであろう。
X(ストレス源)→Y(犯行)というストレス反応はあまり自覚できていない。自覚できる位なら、そも犯行には及んでいない。防衛心理が自覚を鞏固に阻んでいる(自覚すると自分が惨めになる。同旨、文献4 p.924, 925)。下記に錄す快楽が窃盗症者を視野狭窄に追い込んでいる面もあろう。
パンパンにためこまれた心理的ストレスを、原始的本能にゆだねることで、一気に放出することは、放尿や射精に似た、「ホッとする」或は「頭が真っ白になる」快楽を、窃盗症者にもたらす(自験例1件。これを聞き出すことは簡単ではない)。
ここに「原始的本能」と呼んだものは、上記のような生理的快楽以外に、或は採集の成功にともなう「歓喜」、或は備蓄の成功につながる「安心感」(あたたかい気持に浸れるという。自験例1件)があり、これらも、かりそめの現実「忘却」を窃盗症者に与えてくれる。
万引に伴う満足感。これを想像するのが困難な向きには、高価な買物に伴う満足感(この虚栄心の満足を味わったことのない人はないだろう)を想像してみると、よいだろうか。たとえば、ルイ・ヴィトンやエルメスなど、ハイ・ブランドの店(虚栄の市)に人が集まるのは、この快感に近い満足感があるせいであろう。
現代、タダでスーパーから物を盗ってくることは、庶民レベルであるが、上記の満足をたしかに満たすであろう。この快楽がそこそこ大きいものであることは、この裏返しの場合として、自分の物が他人から盗まれた時の怒りと屈辱に満ちたきぶんの悪さを思い返すとよい。このきぶんの悪さは、経験したことのない者にはわからないだろうが、経験したことのある人間は、成程と容易に首肯できる筈である。その反対に該当するのだから、よっぽど「スカッとする」ことであろう。(自験例1件)
慢性的なストレスが、慢性的な非行(万引)に結果し、万引に伴う快楽がさらに万引回数を増加させる。これを「依存症」を専門とする医者たちは、行動嗜癖addictionとか衝動制御困難などと呼んでいる例であるが、単に「病的エスカレーション」とでも呼べば十分ではないのかと、わたくしには、そぼくには、そう思われる。

