病気の説明

病気の説明・各論5−3

クレプトマニア(4)

 

DSM-5で診断することの無意味性

アメリカ人のつくった診断基準にDSM-5というものがあり、そこにおいて「窃盗症Kleptomania」は以下のように定義されている由です。

以下の5つの診断基準をみたすこと

A 個人的に用いるのでもなく、又はその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰返される

B 窃盗におよぶ直前の緊張感の高まり

C 窃盗におよぶときの快感、満足、または解放感

D 盗みは怒または報復を表現するためのものでも、妄想または幻覚に反応したものでもない

E 盗みは素行障害、躁病エピソード、又は反社会的パーソナリティ障害ではうまく説明できない

「問題」となるのはA基準で、これは、経済的利得意識があれば、 A基準を満たさないので、窃盗症ではなく、ただのどろぼうだというもので、このA基準を堅持する限り「窃盗症」に該当する人は殆どいなくなってしまう。そのことは、豊富な実経験から、竹村道夫氏も、古茶大樹氏も認めています(あるとして、1/1000単位。文献6、文献5 p.825)。

しかしDSMはクレプトマニアの有病率を4-24%と見積もってもいますから、これは明らかに「矛盾」です。なので、竹村道夫氏は、診断基準Aを衝動抵抗不能性とのみ「緩ゆるく」解釈するのが合理的なのだといいます(文献1 p.11-2 同旨、文献3 p.41-2)。

なるほど、理にはかなっているように見えます。しかし、治療をする医者サイドの「理」にかなっているだけで、処罰をどのようにしようか考えている刑事司法サイドの「理」には甚だかなっておらない。

じつは、上記のDSM-5のクレプトマニア概念は、医学的概念ではなく、司法的概念であって、A基準の堅持は刑事司法のたちばからは当然のこと、なのです(文献5 p.827。同旨、文献8 p.45-6)。であるから、単純にかんがえて、世上問題となっている「窃盗症」は殆どすべてDSM-5の基準を満たしておらないと、司法上は切り捨てて構わない。なお更に、この基準をすべて満たしたクレプトマニアだからといって何なのかということがあります(So what?)。

これをすべて満たしたからとて被告人を免責する理由には必ずしもならないので、そもそもDSM-5の診断基準へのあてはめ自体が司法上は、どうでもよい問題なのです。文献5は簡潔明瞭に記述された非常に重要な論文ですので、ぜひ参照されたい。

文献)

1 竹村道夫・吉岡隆編『窃盗症 その理解と支援』(中央法規2018年)

註)内容雑多で散漫な編集。全く感心できない本。おまけにすこし重い。要は赤城高原ホスピタルの宣伝本。

2 下坂幸三『拒食と過食の心理』(岩波書店、1999年)

註)下坂幸三(1929-2006)は、日本の殆どの精神科医が精神分裂病(統合失調症)とうつ病の治療に注力していた時代に、治療難度のさらに高い摂食障害の診療に生涯携わって来た稀有の医師である。医学以外にもさまざまなことに造詣深く、敬意を表さずにはいられない。下坂はフロイト派の医師だが、本書は臨床の智慧がこれでもかこれでもかとちりばめられている名著である。

3 吉田精次『万引がやめられない』(金剛出版、2020年)

註)吉田精次氏は、徳島県の臨床医。わたくしは吉田先生と面識はないが、臨床上の感覚において甚だ共有しているものを感じている。

4 吉永千恵子「クレプトマニア」精神科治療学33巻8号923-8頁2018年

註)ドライな視点で公平に俯瞰している点が評価できる。

5 古茶大樹「クレプトマニアの責任能力」日本精神神経学会雑誌122巻11号822-31頁2020年

註)わたくしは、二回だけ古茶先生と面識があるが、とてもフランクな方で、普遍的な精神医学を志向する上で、認識を一にしている。この論文については、なんぴとたりとも、ケチをつけることができない。

6 京橋メンタルクリニック「窃盗症とは」

https://kmc-ynb8.com/free/kleptmania

註)竹村道夫医師じしん、じぶんのみた症例2100例中DSM-5を満たすものはたった1例であったと白状している。

7 衣笠隆幸ほか「重ね着症候群とスキゾイドパーソナリティ障害:重ね着症候群の概念と診断について」日本精神神経学会雑誌109巻1号36-44頁2007年

註)自閉症特性のあるすべての者とは限らないが、常識的に期待できるであろう相互理解が全く深まらない一群が存在することを明言した画期的論文、とわたくしは考えている。おそらく、一部のヒューマンな精神科医には気に入らない内容だろうが、臨床的、科学的には事実だから、この指摘から目をそらすことはできない。ただし、相互理解がある程度進む群も、むろんある。

8 斉藤章佳『万引き依存症』(イースト・プレス、2018年)

註)東京にある大森榎本クリニック(依存症専門外来)で働く精神保健福祉士(PSW)が著した本。コンサイスとはいえないが、クレプトマニアの論点について満遍なく記載してある良本。

 

 

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