ちいかわ。
「なんか小さくてかわいいやつ」の畧なんださうだ。
五年前から人気に火がつき、阪急電車のマスコットキャラクターにもなつて吃驚してゐたら、LAWSONなんかでもぬいぐるみが売つてゐて、若きは勿論、老ひも「映画で癒されて来ます」とか云つてるから、あきれた。
とはいへ、わたくしも書店で漫画をなんど手に取らうとしたか知れない。二回買はうとして寸での所で、ヤメタ。「駄目ダメ」。しかし三度目で根負けしてつひ買つてしまつた。なにかわたくしを誘引するものがあつたのであらう。それは否定しない。
ちいかわは、オロオロするか、泣いてばかりゐる。動物としての本性は何か、わからない。一説にネズミとかいふが、尻尾がないからウソだらう。
ともだちのハチワレは猫である。ハチワレが猫といふのは、いくつか証拠があつて、ハチワレがちいかわに握るまぐろ鮨に、肉球の跡がついたり、毛玉を時どき吐き出したり、臭い物にフレーメン反応を示したり、ツメ切りを定期的にしてゐたりする。
ウサギは見た目そのまゝである。日本語を話すのは殆どがハチワレで、ウサギはヤッホーとか、かけ声しか出さないし、ちいかわもフルフルといやいやをするか、コクンと頷く位が関の山で、まるで幼児である。ハチワレでさへ一回で合格した「くさむしり検定五級」試験に、二回も落第してゐる。ウサギは驚く勿れ、三級保持者である。
ハチワレとちいかわだけでは、じりじり後退していくばかりの窮地に、ウサギは意にも介さず蛮勇を奮つて難局を打開するので、かれの徳をわたくしは高く評価してゐる。ちいさなことには拘らぬ所もよい。
ちいかわたちは「労働」をして「報酬」を得る社会に生きてゐる。その「労働」に、「くさむしり」「採取」「討伐」の三種があり、「討伐」は奇妙な貌やカタチをした虫や天敵、ちいかわたちに悪をなす「擬態型」を退治することなのである。ちいかわたちは、弱つちい乍ら、生きるためには、「武器」を所持して日日戦つてもゐるのである。
ちいかわたちの社会は、「鎧よろいさん」と呼ばれるダースベーダーといふべきか、人造人間キカイダーのハカイダーといふべきか、そんな不気味な鎧をつけてゐる強面こはもての人びとによつて、経営維持されてゐる。鎧さんたちが、ちいかわたちに「労働」を提供し「報酬」を与へてゐることから、それは明らかである。
しかし、鎧さんたちのなかには、ちいかわたちにパジャマを作つてくれたりする優しい人もあり、これは鎧の上司から「仲良くし過ぎだ」と叱責されたりしてゐるから、ほんらい「壁」「へだて」があるのだらう。ちいかわたちは「管理社会」のなかの住人なのである。
ちいかわのエピソオドはたいてい食ひ物の話ばかりである。ハチワレが料理上手。美味(といつても庶民レベル)の追求に、ちいかわ、ハチワレ、うさぎの三人は余念がない。しかし、食卓の席を皆で囲むことから「なごみ」は生じ、かれらはよく「分け合つて」食べ、笑ひ、助け合つて生きてゐる。
どういふわけか、ちいかわ社会には、ふしぎな「自然」が存在し、食べ物がしぜんに湧いてくる場所、時があるのである(炊き立てごはんが食べられる釡が落葉の下に隠れてゐたり、おいしいおだしが流れる川があつたり、空からパンや赤福もちが降つてくるとか。むろん、涸れる時もある)。
ちいかわの魅力、人気は何に淵源するのであらう。みんな「かわいい」からと幼稚園児並の答しか出さない(出せない)人たちがおほいが、わたくしの見る所、主にこの三人のたすけあふ「友情」をテーマにしてゐるからこそ、ちいかわは受けてゐるのだらう。(他に、「ゴクゴク、ハーッ!」のくりまんじゅう、討伐上手のラッコさん、小憎たらしいモモンガとか、色いろあるが)
ちなみにこの作者ナガノは、女性ださうだ。30代とか噂ではさうらしいが、仮にさうだとしたら、かなりのレトロファンである。お線香の「青雲」の唄や、映画でも「今日の日はさやうなら」を、ちいかわたちは歌つてゐる。「なつかし過ぎだろッ!」といふ感じである。しかし、古いものを好むところには、情緒あり。それもちいかわワールドの人気を醸成する基礎にあることは疑ひを容れない。映画にある「人魚の肉を食べると永遠の命が得られる」といふ話は、永遠の命とは、機械になることと知る、銀河鉄道999のパロディーである。これも今の人は気づいたかどうか。





